<配信者ぽぽちゃん>
宇宙人の初配信、それは11月に質問募集動画を投稿し12月にそれに対する回答を配信で行なうという形で初めて行われることとなった。だが、その配信は最初からある種の配信ミスとともに始まる。
(こんにちは。地球の衛星『おつきさま』から来た宇宙人のぽぽちゃんです。―――――)
最初の一言はいつも通りのお約束の言葉であるため音声が聞こえなくてもいつも見ている人ならば何を言っているか理解することができるが、それ以降は一体何を言っているのか誰にも分からない配信者の声が一切聞こえない配信が始まった。
しかしこれはマイクのミスではない。なぜならマイクに向かって話す宇宙人の声は配信を邪魔しないように同じ部屋で息を殺しながら見守っている中野にさえ聞こえないのだ。
もちろん音声が聞こえないのは配信のリアルタイムコメントという機能によって視聴者から伝えられると同時に中野も声が聞こえないという事実をノートに書きこんでカンペの要領で配信中の宇宙人へと見せる。
「あらあら、これで聞こえますかね」
ようやく聞こえるようになった声。初配信でとんだトラブルに見舞われたものだが、そのトラブルの原因はすぐに本人によって明かされる。
「同時翻訳装置の電源を入れ忘れていたのです」
同時翻訳装置、それは中野にとってはこの数か月付き合ってきて初めて聞く言葉である。
「ぽぽちゃんは宇宙人ですからね。翻訳装置がないとこうしてお話しすることができないのです。それに実は皆さんが聞いているぽぽちゃんの声は本当の声じゃないのですよ。ぽぽちゃんの本当の声は人の耳では聞くことが出来ないから聞こえているのは翻訳装置の音声なのです」
つまりは人間に聞こえない宇宙人の声を聞こえるようにするのと同時にリアルタイムで宇宙人の言葉を日本語に翻訳するという装置のようだが、中野にとっては初めて聞く宇宙人の生態である。
だが、この話を本気で受け止める視聴者など誰一人としているわけがなく視聴者たちにとっては設定の一つであり、マイクの設定ミスを宇宙人という『設定』に絡めて誤魔化していると受け止めたようだ。
「では、最初から仕切り直しましょうか。こんにちは。地球の衛星『おつきさま』から来た宇宙人のぽぽちゃんです!」
こうして若干のトラブルから始まりつつも、宇宙人による記念すべき初配信が始まったのであった。
・・・・・
ようやく始まった宇宙人の初配信、そこでは最初にブイチューバーとして活動しつつも未だ多くの謎に包まれる宇宙人の『生態』という名の『設定』に関する質問に回答していくという形で本当の『生態』が語られていく。
だが、そこで語られる本当の生態はまるで設定のために作られたようなファンタジー要素満載のモノであった。
「実はぽぽちゃん出生についてはぽぽちゃん自身もよく分からないのですよ。ぽぽちゃんのところではコウノトリさんがどこからか赤ちゃんを育てる資質のある者のところに運んできてくれるんですけど、そのコウノトリさんはどこから来るのか、幼い個体はどこでどう生まれているのか未だに解明できていないのです」
まるで赤ちゃんはどこから来るのかという子供の疑問を煙に巻くための答えのような回答であるが、配信外で中野が聞いたところなんとこれが真実なのだという。コウノトリが赤ん坊の入ったカゴを咥えて無から出現し、カゴを置くと煙のように消え去っていくというのだ。
「それと、ぽぽちゃんは何歳なんですかという質問ですけど・・・ぽぽちゃんの惑星だと600歳は超えてるんですけど地球だと何歳になるんですかね?」
そして突如として明かされた年齢は600歳を超えるという『設定』。もちろんこれは本当に600歳以上だということだが、これはそもそも地球と違って年の取り方が滅茶苦茶な数え方というのが理由だ。
日本で年齢の数え方といえば誕生日を基準とした満年齢と元号と同じように1月1日を迎えて年齢を重ねる数え年の二つがある。
しかし・・・
「ぽぽちゃんは地球でいう季節ごとに歳を取るのですよ」
なんでも向こうの惑星では年齢というのは体に負担がかかる季節という環境の変化を乗り越えた回数ということであり、季節の変化や例え秋に1日夏日があるだけで1歳、元の秋の季節に戻ればまた1歳といった具合にも歳を取るというのだ。
こうして配信では地球へとやってきた宇宙人の生態は質問に答えていくことによって次々と明らかにされていくこととなり、その設定は明かされていくようでありながら謎がさらに深まっていくこととなる。
だが、視聴者からすればこのようにキャラクターとしての設定が明らかになると同時にはっきりしていくことが一つだけあった。
それは『ぽぽちゃん』という宇宙人の設定と『中の人』の存在がハッキリ区別されているということである。
普通ブイチューバーのキャラクターとしての好みや趣向などはほとんどがそれを演じている通称『中の人』と同一となっている。
しかし宇宙人が活動している『チャンネルぽぽちゃん』では活動については宇宙人と地球人の二人組という状況であることから当たり前なのだが『ぽぽちゃん』においてはその生態こそが設定となっており、いわゆる『中の人』については宇宙人である自分が居候している地球人の『中野』のことなのである。
そもそも『中の人』のことを宇宙人の勘違いで『中野』のことと思っているようであり、そんなこともあってキャラクターとしての設定は厳守したまま『中の人』について語ったとしても視聴者側からすればそれは居候先である地球人の中野という設定上の人物のことであり本当の意味で『中の人』出てきて自分語りをすることはないのだ。
そして視聴者としても『中の人』から転じて『中野』という設定上の人物がいると受け止めているようで設定のよく守られた『ぽぽちゃん』というキャラクター(真実)は多くの人に受け入れられることとなり、こうして宇宙人は動画投稿だけでなく配信もするブイチューバーとしての地位を得ることに成功したのであった。