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7. 誤解

 混沌の地から再び安全都市へ戻ってきた4人は、宿屋の食堂に腰を下ろしていた。単眼の巨人との戦いで大きく力を使ったビチェは、元の姿―つまり男の体に戻っていた。


 ビチェが男の姿になったにもかかわらず、リノードはまったく驚いた様子も、違和感を覚えた様子もなかった。むしろバートが弱っていると感じたのか、以前にまして世話を焼いていた。


 バートにとっては、なんとも面倒な話だった。


 料理を注文し、テーブルに座っていると、誰かがバートの名前を呼んだ。昔からの冒険仲間、クラゼンだった。

「久しぶりだな、バート」


 笑顔で声をかけてきたクラゼンは、バートのそばにいるリノードたちを見て、小さく首をかしげた。

「ヘンダーソンのパーティー、抜けたんだな?」


 その名前を聞いたとたん、バートの中に再び怒りがこみ上げてきた。

「あの野郎の名は口に出すな」


「そうか……よかったじゃないか。あいつら腕はあるけど、お前に対してやり方がひどくて、正直気に食わなかったんだ」

 クラゼンはバートを慰めるように言った。


 バートはリノードにひと声かけて、クラゼンと二人きりで向かい合って座った。

「すぐに新しい仲間ができてよかったな。あの人たち、どこの出身だ?」

 別のテーブルに座っているリノードたちを見て、クラゼンが尋ねた。


「マジェレット大陸じゃなくて、別の大陸から来たらしい」

「どこだ? エレンシアじゃなさそうだな」


「南の大陸だったかな、多分」

 そう答えて、バートは自分がリノードのことをほとんど知らないことに気づき、少し申し訳ない気持ちになった。自分のことばかりに気を取られて、助けると言ってくれた彼らにあまりにも無関心だったのでは、と。


 料理が運ばれてきた。殻付きの川ザリガニの炒め物と、骨付きの肉料理だった。リノードが隣にやってくると、当然のように手で川ザリガニの殻をむき、皿に中身だけをきれいに並べてくれた。


「いいよ、自分でやるから」

 バートが遠慮すると、リノードはにっこり笑った。

「俺がやる。君、今、弱っている」


 驚くほどの握力で、ピーナッツの殻でも割るような軽さでザリガニの殻を砕き、中身を取り出してくれたかと思えば、今度はナイフを手に取り、肉料理まで器用に切り分けはじめた。


 クラゼンはやや不思議そうな目で、リノードとバートを交互に見つめた。


 バートは顔が熱くなったが、リノードの頑固さはよく知っているため、下手に止めようとして余計な話が出るかもしれないので、黙って肉の下ごしらえが終わるのを待つことにした。


 ところが、肉を切り終えたリノードは、どこからか薄手の毛布を取り出して、バートの肩にそっとかけた。


「寒くないし、いらないよ」

 寒くもないのに何しているのだか、と不満げに言うと、リノードは優しい目でこう答えた。


「君、今、弱っている。だから、気をつける」

 そう言って、肩にしっかり毛布をかけて去っていった。


 ぽかんとリノードを見送ったバートがクラゼンの方へ顔を向けると、彼の表情がどこか引いているのに気づいた。

「ちょっと、クラゼン。誤解しないで。これは、いろいろ事情があって……」


 クラゼンは慌てて首を振り、ぎこちない笑みを浮かべた。

「いやいや、誤解なんてしてないよ。俺、心の広い男だからさ。バート、お前の新しい恋、応援するよ。うん、全力で!」


「ちがうって! 俺の話を聞けってば。とりあえず、酒でも飲みながら……」

 酒でも飲みながら、ヘンダーソンにやられたことを愚痴でもこぼしたいところだったが、クラゼンは何かを思い出したように、慌てて立ち上がった。


「そうだ、別の約束があったのをすっかり忘れてた。今度また皆で集まろう。今日はこれで失礼するよ」

 手を振り、クラゼンはそそくさとその場を後にした。


(ちょっ!? なんで尻を手で隠しながら、行くんだよ!?)

 心の中で叫びながら、バートはガックリとうなだれた。

 裏切りに呪い(?)、そして変な誤解まで、3連続でダメージを受けて心が折れそうだった。


 ― チッチッ、お前は、美の基準もそうだったけど、考え方まで狭すぎるんだよ。愛にはいろんな形があるのさ。

(うるさい、です! 僕がその気じゃないのに、そう思われるから問題なんでしょ!)


 ― はあ? それが何だっての? お前さ、目的を忘れてんじゃないのか? 復讐のためなら、何でもするとか言ってなかったか? こんな程度のことで、グズグズするとは情けない。


 ビチェトレスの言葉に、バートの心も少し落ち着きを取り戻した。

 そうだ、大事なのは復讐だ。誤解なんて、後で会って説明すればいいだけの話だ。


 そのとき、ガイベルが話しかけてきた。

「友達、帰っちゃったな」


「急ぎの用があるんだって」

 やけ酒でもして、さっさと寝よう……そう思いつつ、バートは酒を注文した。


 隣に座ってきたリノードの屈託のない笑顔を見ながら、バートはガイベルに尋ねた。

「リノードって、故郷に恋人いないの?」


「決まった相手はいないよ。女にはすごくモテていたけどな」

「もしかして、男が好きってことは……ないよな?」


 ガイベルは呆れたように笑った。

「まったく。何言っているんだ?」


(ってことは、単に女の趣味が変わってるだけか。悪い奴じゃないけど、なんか変なとこに惚れられて面倒くせぇ……)


 バートはちらりとリノードを見やった。

(今は異国で寂しくて、こんなふうになってるだけかもしれない。故郷に戻れば、趣味も元に戻るだろ……たぶん)


 その晩、酒を酌み交わしながら、バートはリノードたちの故郷について話を聞いた。ホカムは、リノード以上にこの土地の言葉が通じず、主にガイベルが語り手を担った。


 マジェレット大陸の南方、さらにその南にあるという国。3人の男は、ガイベルが仕える神・ナパタンの神託を受けて、運命を求めてこの遥か遠いマジェレットの地まで来たのだという。


 王の弟による反乱、王位の簒奪、家族を皆殺しにされ、命からがら逃げ延びた幼い王子、その命を賭して守り抜いた忠臣たち……古典の悲劇のような壮絶な物語が、そこにはあった。


 想像を遥かに超える重く、壮大な背景に、バートは思わず圧倒された。

「そんな重大な事情があるのに、わざわざここまで来て……一体何を探してるわけ?」


 リノードの代わりに、ガイベルが答えた。

「試練と試みによって選ばれし者の運命を、確かめるためさ」


「……正直、何言ってるかよく分かんないんだけど」

 こういう難しい話には慣れていない。目をパチパチさせているバートに、ガイベルはどこか意味深な笑みを浮かべた。


「神託っていうのは、そもそもそういうものさ。曖昧で、神秘に満ちている。でも、私たちは、それに近づいていると信じている」


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