3. 変身
安全都市テブレニ。
祭りの真っ最中の都市は、活気にあふれていた。騒がしい酒場の片隅で、バートは一人黙々と酒をあおっていた。せめて酔っ払って、今までのことを一時でもいいから、頭の中から追い出してしまいたかった。
自称・神のビチェトレスと契約を交わし、失くした荷を取り戻し、途中で出会った商隊の馬車に乗せてもらって、安全都市に帰ってきたばかりだった。
ヘンダーソン一味は別の方向へ行ってしまったらしく、ここには見当たらなかった。
どこかホッとしたような気分もあった。自分の力がどこまでなのか、まだ把握できていない状態で彼らと鉢合わせても、どう対応すればいいのかわからない。
ビチェトレスは、言いたいことと必要最低限のことしか口にせず、肝心な情報はほとんど教えてくれなかった。変身の条件は何なのか、具体的にどの程度の能力なのか……〈自分で見極めろ〉という態度だった。
何杯目かもわからない酒を飲んでいると、ふいに一人の女が隣に来て、体をそっと寄せてきた。
「一人なの? 一杯、おごってくれない?」
派手な化粧に安っぽい香水の匂い。胸元の大きく開いたドレスから谷間が露骨にのぞいていた。
バートはその女に酒をおごり、二人で酌み交わしながらいい具合に酔っていった。そして、女に手を引かれて階段を上がり、部屋に入った。
体が火照りはじめたその時だった。女がぽかんとした顔で何度か瞬きをし、じっとバートを見上げて言った。
「……あんた、女だったの?」
「は?」
「ほら、ここ。ないじゃない」
女はバートの股間を指さした。
何のことかと見下ろしたバートは、あまりの衝撃に、しばらく思考が止まった。頭を強く殴られたように、ぼうっとなった。
女の言う通り、あるはずのものが……なかった。そして、慌てて自分の体をまさぐってみると、元々なかったものが胸元にふっくらと存在していた。
「う、うわあああああ!」
悲鳴を上げるバートに、女は唇を尖らせて言った。
「……まぁ、お金をちょっと多めにくれたら、そっちの方でも付き合ってあげてもいいけど?」
だが、その言葉はもうバートの耳には届いていなかった。呆けた顔で自分の体をあちこち触っていたバートは、突如として跳ね起き、適当に服をかき集めて部屋を飛び出した。
「な、なんだよ……どうなってんだ、これ……酔いすぎたのか?」
酒場の外で呆然とつぶやいていると、どこからかビチェトレスの声が聞こえてきた。
― 何って、変身だよ。
「変身……?」
― そう、変身。
「女になるってことだったのかよ……?」
― 神に向かったその口のきき方、いい度胸だな。神罰が下るぞ?
ビチェトレスは急に声を低くし、威厳たっぷりに言った。
「女になるなんて、聞いてませんから!」
怒鳴ったバートは、通りすがりの人々が自分を怪訝そうに見ていることに気づき、慌ててその場を離れた。
― 女だと何だっていうの? 命でも魂でも何でも差し出すって言ったじゃないか?
(男を捨てるなんて言ってないってば……!)
― 変なヤツだな。命より男であることの方が大事なのか?
(まともな男を勝手に女に変えるなんてあり得ないでしょ!? それに、変身の条件って何よ? あれだろ、あれをやろうとして変身するなんて、そんなバカな話がどこにあるんですか!?)
― チッチッ、違うな。変身の条件は〈興奮〉だよ。性的な興奮でも、戦いの興奮でも、怒りなど感情の高ぶりによる興奮でもいい。今日は、たまたま性的興奮だっただけさ。
(うわあ〜〜〜っ!)
呆れて頭を抱えていたバートは、自分の体をまじまじと見下ろした。鏡がないため、顔はわからないが、前腕や太ももを見る限り、かなりがっしりとして筋肉がついていた。嫌な予感がした。
周囲を見回していたバートは、アクセサリーの店を見つけて飛び込んだ。イヤリングを物色するふりをしながら、鏡に自分の顔を映してみる。
(ひいっ!?)
鏡に映ったのは、バートの顔からややほっそりして柔らかい印象になった、女性の顔だった。首は太く、肩はがっしり、腕も太ももも、どう見てもかなり頼もしい体つきだった。
バートは絶望に打ちひしがれて、力なくその場を後にした。女になってしまっただけでも衝撃なのに、こんなにもたくましい女だなんて……。
― 美の基準が狭すぎるな。もっと自信を持ちなさい。お前は十分に美しい。
(うるさいっ! こんなたくましい女、冗談じゃない! これじゃ、ただの怖いお姉さんじゃないですか!)
バートは絶叫した。