【AI小説】『静かな空が戻る頃に』
焼けたような空気だった。
土と鉄と、血の匂いが混じった風が、鼻を突く。瓦礫の山に沈みかけた太陽が赤黒く照り返し、世界はまるで煮え立つ地獄の鍋のように揺らいでいた。
ゼオは剣を引き抜いた。
刃はひどく欠けていて、もはや「武器」と呼ぶのも憚られる有様だったが、それでも手放すわけにはいかなかった。なぜなら──
それは、彼がこの異世界で「人間」として生きることを許された、最初で最後の証だったからだ。
背後に積まれた死体の山。そのうちの一つ──
仲間だった少女の手が、まだ温もりを残していた。
ゼオは目を逸らした。死に慣れてなどいない。慣れるわけがない。
「……終わったんだよな」
言葉は、返ってこない。
魔王軍第七軍の殲滅。任務達成。だが代償はあまりに大きく、十七人いた討伐隊のうち、生存者はゼオひとりだった。
靴の底で何かが砕ける音。
ゼオは立ち上がり、斜面をゆっくりと下っていった。すると、焼け落ちた石の間から、何かが微かに光った。
それは、小さなペンダントだった。
──リリアのものだ。
あのとき、彼女は笑っていた。「この戦いが終わったら、花畑に行こう」なんて、ベタなセリフを言って。
「……お前、なんでこんな安っぽい夢なんか……」
そう言いかけて、ゼオは口をつぐんだ。
安っぽい夢で、何が悪い。
誰だって、平穏を望む。血や鉄にまみれた日々じゃなく、誰にも殺されず、誰も殺さずに済む時間を。
ペンダントを握った手が震える。悔しさだったのか、怒りだったのか、それとも──
「くそ……っ」
足元に剣を叩きつけた。欠けた刃が、石に弾かれて火花を散らす。
ゼオは空を見上げた。夕日は沈みきり、空は群青に染まりつつあった。
風が吹いた。
──と、そのときだった。
何かが耳元で囁く。
『まだ……終わっていない』
ゼオは振り返る。誰もいない。けれど、確かに聞こえた。いや、感じた。
ペンダントが光る。
その光が、ゼオの胸の傷に吸い込まれる。
「……リリア?」
気のせいではない。
光はゼオの体を包み込んでいた。まるで、何かが彼を導こうとしているかのように。
その瞬間、地面が大きく揺れた。
瓦礫が崩れ、黒い霧が立ち上がる。その中心から、何かが姿を現した。
その姿は、かつて魔王直属の軍にいた──
伝説の「黒獅子」だった。
剛腕にして俊敏、かつては千の兵を一晩で屠ったと言われる化け物。討伐されたと聞いていたはずのその存在が、いまゼオの目の前で、黒炎を纏って復活していた。
「……なんで、お前がここに……」
黒獅子は唸るように低く咆哮した。地が震え、風が止まる。まるで世界が、その存在だけを中心に回り始めたような錯覚さえ覚える。
だが、ゼオは逃げなかった。
心は恐怖に揺れていたが、ペンダントから伝わる温もりが、それをかき消していた。
──今度こそ、守らなきゃならない。
ゼオは地面から剣を拾い上げた。
割れた刀身から火花が散る。それでも、握りしめる手は震えていなかった。
黒獅子が飛びかかる。
獣の唸り、風を裂く音、剣が肉を断つ鈍い感触──
全身が衝撃に包まれた。
だがその瞬間、ゼオの瞳に映ったものは、かつての仲間の姿だった。戦った者たち、倒れた者たち、そして……リリア。
彼女の笑顔が、確かにそこにあった。
「力を……貸してくれ!」
叫ぶと、胸の文様が再び輝いた。黒炎を上書きするように、青白い光が爆発的にあふれ出す。
【スキル統合:契約《想念交響》が発動しました】
黒獅子の動きが止まった。
ゼオの剣が、まっすぐにその心臓を貫いた。
吹き飛ぶ巨体。爆風の中に舞う光と塵。立ち尽くすゼオの周囲は、再び静寂を取り戻していた。
彼は膝をついた。呼吸が荒い。体はもう限界だった。
けれど、不思議と、心は静かだった。
ポケットの中で、ペンダントがかすかに脈動している。
「……終わったんだよな」
風が吹く。
遠く、街の鐘の音が聞こえた気がした。
ー完ー