第5話 初めての授業②
火の館での火球制御訓練、空間理論演習と、朝から立て続けに続いた実習を終えた午後。
アレンは次の授業、「基礎結界構築」のため中央棟の実習室へ向かった。
扉を押し開けると、石壁に囲まれた広い室内には、長机が整然と並び、各机には演習用の結界円盤と小さな魔力結晶がセットされていた。
教卓には、グレーのローブに身を包んだマールス教授が立ち、記録板に目を落としている。
「今日は、簡易バリア結界の展開演習だ。各自ペアを組み、指示に従って結界を作り上げるように。ペアはこちらで決めておいた」
教授の指示に従い、生徒たちはぞろぞろと指定された相手の元へ向かう。
アレンも記された番号に従い、向かうと、そこにいたのは――ソフィア=ノーラだった。
「よろしく、アレン君」
大きな眼鏡の奥で、栗色の瞳が静かに微笑んだ。
彼女は錬金術に秀でており、結界理論にも深い知識があることで、クラス内では一目置かれている存在だった。
「よろしく、ソフィア。君とペアなら心強いよ」
机上には、銀色に輝く小型の魔法円盤と、淡く光る魔力結晶が並んでいる。
ソフィアは教科書を手に取りながら、自然な手つきで説明を始めた。
「まず結晶に、均一で安定した魔力を送り込むこと。それがバリア形成の第一歩よ。
結界術は波動の整え方がすべて。錬金術と似た感覚だから、私は少し慣れてるの」
さらりとそう付け加えるソフィアに、アレンは納得して頷く。
「じゃあ、やってみようか」
アレンは手をかざし、結晶に向かって魔力を送ろうとする――が、案の定、波動は不安定で、結晶の表面を滑って逸れてしまう。
ピリッと火花が散り、石床に魔力が弾ける。
「わっ、まずい!」
あわてて魔力を引っ込めるアレンに、ソフィアはくすりと微笑んだ。
「焦らないで。最初は誰でもそんなものよ。魔力を押し込むんじゃなく、重ねるように流すの」
ソフィアがやってみせる。
彼女の指先から流れ出す魔力は、まるで静かな水流のように、結晶へと溶け込んでいった。
淡い光が円盤の魔法陣に広がり、膜のような結界が形成され始める。
「……すごい」
アレンは息を呑んだ。
「今度は一緒にやろう。魔力のリズムを合わせるのがコツよ」
息を整え、アレンは再度手を差し出した。
ソフィアとタイミングを合わせながら、柔らかな魔力を送り出す。
やがて、結晶が静かに輝き、机の上に透明なバリアの膜がふわりと広がった。
「できた……!」
アレンの顔に笑顔が咲く。
「うん、成功よ。いいチームワークだったわ」
マールス教授も近づき、結界にそっと手をかざして頷いた。
「リヴィエール、ノーラ、見事な制御だ。二人とも、結界術の基本は十分に理解できているな」
実習の終わり、机を片付けながら、アレンは改めてソフィアに頭を下げた。
「本当にありがとう、ソフィア。君のアドバイスがなかったら、絶対無理だった」
ソフィアは眼鏡を押し上げ、照れくさそうに笑った。
「私も、誰かと一緒に実習で成功できたのは初めてだったから。……ありがとう、アレン君」
実習室の扉を開け放ち、二人は廊下へ出る。
夕闇が濃くなる中庭の向こうには、学生たちが思い思いに談笑している姿が見えた。
「それにしても……学院の一日って、こんなに充実しているんだね」
アレンは空を仰ぎ、校舎群に灯る明かりを見つめた。
「ええ、魔導士としての基礎を学ぶ“授業”と、実践的な“実習”がバランスよく組まれている。
しかも各属性の訓練を通じて、仲間と一緒に成長できる仕組みになっているわね」
ソフィアが頷く。
「――いやあ、俺、ずっと机に向かって座学だけだと思ってたから驚いたよ」
「机上の学びももちろん大切だけど、身をもって体感してこそ身につくものも多いわ。
特に“魔導”は、理論と実践の両輪で回さないと危険よ」
二人は学院中央塔へ向かう広い廊下を歩きながら、これからのカリキュラムについて談笑を続けた。
その背後を、魔導図書館へ戻るリリアがゆったりとした足取りで通り過ぎる。
◆ ◆ ◆
寝室に戻ったアレンは、ベッドの脇に置かれた日記帳を手に取った。
第一部からの出来事、今日の授業と実習の詳細、感じたことを書き綴るためだ。
ペンを走らせながら、彼は改めて思い返す。
――火の館での失敗と成功。
――空間理論演習での転移初体験。
――バリア結界の完成。
「……これが、俺の道なんだ」
文字にすることで、アレンは自分の成長を確かめていく。
そして、最後にこう書き込んだ。
“今夜、俺は本物の魔法使いになれた気がする。”
ペンをおろし、アレンはベッドに仰向けになった。
天井の隙間からは、夜空の星がちらりと見える。
(明日はさらに大きく飛躍するぞ)
胸に静かな決意を抱きながら、アレンのまぶたはゆっくりと閉じられた。