第3話 適性測定
エリアリス・アカデミー──
王国随一の魔導学院にして、若き才能たちが集う最高峰の学び舎。
敷地は都市マジカスの北西部に広がり、白亜の城壁に囲まれた広大な敷地の中に、
講堂、研究棟、訓練場、寮区、図書館、そして魔導演習場まで完備されている。
中心には、高さ百メートルを超える「大中央塔」がそびえ、学院の象徴となっていた。
塔の内部には、禁書庫、上位魔導師用の研究室、そして学長執務室が存在すると言われている。
(こんな場所に、俺が……)
アレン=リヴィエールは、学院の正門をくぐった瞬間、身震いした。
大理石の門柱には、銀の細工で【エリアリス】の紋章──四元素を象った星がきらめいていた。
◆ ◆ ◆
新入生たちは、大講堂へ案内された。
中には三百人以上の少年少女が集まり、それぞれ緊張と興奮を隠しきれない様子だった。
壇上には、ローブをまとった教師陣が並び、その中央に学院長ダリオ=グレイヴが立っていた。
長身、灰色の髪、深い蒼の瞳──まるで石像のような威厳を放っている。
「諸君──エリアリス・アカデミーへ、ようこそ」
静かだが、よく通る声。
講堂全体が一瞬にして静まり返る。
「ここは魔導を学び、己を磨く場である。
魔法とは力だ。だが、力とは、責任を伴う。
己を律し、他者を敬い、未来を拓く覚悟を持て──」
学院長の言葉は厳しくも、どこか温かみを感じさせた。
アレンは拳を握り、胸の奥で小さな決意を新たにした。
◆ ◆ ◆
入学式を終えると、新入生たちはそれぞれの寮へ案内された。
アレンが配属されたのは──【陽光寮】。
温かく自由な校風で知られる寮だ。
建物は三階建ての赤レンガ造りで、敷地の東端、緑あふれる中庭の隣に位置していた。
「ここが、俺たちの新しい家か」
隣にいた少年が、感嘆交じりに呟く。
アレンのルームメイトとなるトム=アイゼンハートだった。
短い金髪、快活な目。体格はアレンより少し大きく、動きにも自信が滲んでいる。
「俺、トムだ。トム=アイゼンハート。
よろしくな、アレン=リヴィエール!」
トムはにかっと笑って手を差し出してきた。
アレンも少し照れながら握手を返す。
──だが。
「俺、誰にも負けるつもりはねぇから」
握手しながら、トムはいたずらっぽく笑った。
その瞳には、隠しきれない闘志が燃えていた。
(負けたくない、か……)
アレンは小さく笑った。
田舎の村では味わえなかった感情が、胸の中に灯る。
(面白くなりそうだ)
◆ ◆ ◆
寮内の案内が終わったあと、部屋の前で一人の少女とすれ違った。
長い銀色の髪、澄んだ水色の瞳。
制服の上からふわりとしたマントを羽織り、静かに微笑んでいる。
「あ……」
思わず声が漏れる。
少女は、控えめに会釈し、何も言わずに隣の部屋に入っていった。
「あの子は、リリア=エルグレアだよ」
背後からトムが声をかけてきた。
「成績優秀、しかもすごい魔導適性があるって噂。
でも、ちょっと……不思議な子みたいだな」
アレンは、静かに閉まった隣のドアを見つめた。
(リリア……)
言葉を交わしたわけではない。
けれど、あの澄んだ瞳に宿るもの──どこか、引き寄せられるような感覚を覚えた。
◆ ◆ ◆
翌朝、アレンは制服に袖を通し、初めての授業へ向かった。
校舎は大理石造りの回廊が迷路のように伸び、至るところに浮遊灯や自動清掃精霊が漂っていた。
歩くだけで、世界の広さと奥深さを思い知らされる。
(すげえ……本当に、魔法の世界だ)
胸の奥が高鳴る。
だが、授業の内容は──思ったよりも、いきなり本格的だった。
◆ ◆ ◆
「それでは、新入生諸君の初期適性を測定する」
魔導理論担当の女性教師が、無表情に告げた。
黒板の代わりに宙に浮かぶ魔導スクリーンが、淡い光を放っている。
生徒たちは一人ずつ、測定台に立たされ、魔力の波長を調べられる。
「リリア=エルグレア、適性:水・補助系」
「トム=アイゼンハート、適性:風・強化系」
次々と結果が読み上げられる中、アレンの番が回ってきた。
「アレン=リヴィエール──」
魔導測定台に手を置く。
青白い光が、彼の身体を包み込む。
数秒後、教師が驚きの声を上げた。
「……適性、火・空間。二重適性」
教室がざわめいた。
二重適性──
一人で二種類の属性魔法に適応できる者は、稀だった。
生徒たちの視線が、一斉にアレンに集まる。
驚き、羨望、警戒──様々な感情が混ざり合っていた。
その中でも、トムの目だけは、ぎらりと光っていた。
(……負けねぇからな)
アレンはトムの心の声を感じ取った気がした。
そして、不思議と胸が熱くなった。
(面白くなってきたじゃないか)
◆ ◆ ◆
授業が終わり、アレンは教室を出たところで誰かとぶつかった。
「わっ……!」
小柄な少女が尻もちをついた。
茶色のカールした髪、眼鏡、両腕には大量の本が抱えられている。
「あ、ご、ごめん!」
アレンは慌てて手を差し出した。
少女は恥ずかしそうにうつむきながら、彼の手を取った。
「だ、大丈夫、です……」
小さな声だったが、はっきりした言葉だった。
「僕、アレン。君は?」
「ソフィア……ソフィア=ノーラ、です」
そう名乗った少女は、どこかぎこちなく笑った。
アレンも、つられて笑う。
(ぎこちないけど……悪い子じゃなさそうだな)
「じゃあ、また!」
ソフィアはぺこりと頭を下げて、小走りで廊下の向こうに消えていった。