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第33話 影の交代

 夜も更けた頃。侍女の宿舎で二人のメイドが僅かな余暇を満喫していた。

 月明かりが窓から差し込み、二人の影を床に落としている。

 その影は、まるで彼女達の本質を映し出すかのように濃く、そして深い。


「アタシ、もうすぐ帝国城での任務が終わるみたい」


 シャルロットは窓辺に立ち、艶のある黒髪を月光に輝かせながら告げた。


「え?」


 報告になかった言葉に思わずクレアは声を上げた。

 シャルロットは軍部のほうに潜入しているため、まだ情報の共有がされていなかったのだ。


「定期的に人員を入れ替えるためらしいって言ってるけど、どうだかね」


 シャルロットの赤い瞳が月明かりに映えて、一瞬だけ獣のように輝いた。


「というと?」


 その問いかけに、シャルロットは優雅に微笑を浮かべる。その表情には、かつてオーツに向けた冷徹さが垣間見えた。


「事故を装ってある人物を消せって言われちゃってね。私情じゃないといいけど」


 その言葉には、十年の歳月を経ても変わらない組織の冷酷さが滲んでいた。

 叛逆の牙は今でも、都合の悪い存在を容赦なく抹消し続けている。それがまた行われるというだけの話だった。


「では、もうお別れですか」

「そ、お別れ」


 クレアの声には、わずかな寂しさが混じっていた。それはシャルロットも同じだった。

 十年も同じ屋根の下で暮らして任務に当たっていれば、仲間意識も強くなるというものだ。


「その、大丈夫なのですか?」

「ん、何が?」

「いえ……何でもないです」


 シャルロットと同じように、彼女もまた組織の非情さを知っている。

 優秀なシャルロットが潜入任務を外されるということは、軍部の担当であるガウェルの機嫌を損ねてしまったのだろう。

 そうクレアは推測したが、野暮なことは口にしなかった。


「確認ですが、あなた自身に危険はないのですか?」

「危険ではあるけど、アタシの実力なら十分生還できる予定。ま、ガキの頃に比べれりゃぬるい任務よ」


 シャルロットは軽やかな口調で返事をする。


「一応、顔と名前を変えて獣人街にいく予定だから、なんかあったら子分蝙蝠使って連絡してね」


 その言葉の裏には、組織への警戒が透けて見えた。

 クレアの時のように、いつ誰が切り捨てられるかわからない。だからこそ、信頼できる仲間との繋がりを密かに保とうとしているのだ。


「わかりました」


 その言葉にクレアは頷くことしかできなかった。


「じゃあ、生きてればまた会おうね」


 シャルロットは優雅に髪をかき上げながら、最後の挨拶を告げた。


「お元気で」

「そっちこそ」


 月明かりの中で交わされたシャルロットとしての最後の言葉。それは、また牙が生え変わることを示唆していた。

 月明かりは相変わらず侍女の宿舎を照らし続けている。


 その光の中で、新たな影が静かに動き始めていた。


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