第30話 しばしの別れ
ロアナは獣人の王族と人間の皇族、両方の血を引いている。
まだ子供である彼女は、アルギエ地方の首都で学ばなければいけないことが多い。
そのため、帝国城に滞在できる期間も限られていた。
「クレア氏。父上のことをよろしく頼むでござる」
「はい、ロアナ様。お任せください」
出発の朝、城門前で交わされた言葉だった。
ロアナの瞳には、わずかな寂しさが宿っていたが、それ以上に強い決意の光が輝いていた。
「そうだ、ロアナ様。もしまたここを訪れたときにルミナ様と会うことがあれば、お友達になってあげてくれませんか?」
「ルミナ様?」
「この国の皇女殿下です。彼女、いつか獣人のお姫様とお話してみたいと言っていたものですから」
「ほほう! それはいいでござるな!」
ロアナは満面の笑みを浮かべる。
この性格だ。きっとルミナとも気が合うことだろう。
「それでは、ロアナ様。どうかお気をつけて」
クレアが深々と一礼すると、ロアナは首を横に振って笑みを浮かべた。
「そんなに堅苦しくしなくていいでござるよ。クレア氏はもう妾の友達でござる!」
「そ、それは恐れ多いことでございます……」
戸惑うクレアの背中を、レグルス大公が優しく押した。
「ここは娘の頼みを聞いてやってくれないだろうか」
「レグルス大公……」
クレアの目が感動で潤むのを必死にこらえていると、傍らでソルドがにこやかに目を細めた。
「ここに来るのは一年に一回くらいですが、俺はいずれ騎士団に入る予定なんでそのときはまたスイーツ作ってきますよ」
「むむ。ずるいでござる」
成長してもアルギエを滅多に離れられないロアナは頬を膨らませた。
「ロアナ。気をつけて帰るのだぞ」
レグルス大公はどこか寂し気に娘であるロアナへ声をかける。
「ソルド氏もいるので、大丈夫でござるよ~」
「しかし、帰り道のエルダンエッジ渓谷は事故が起こりやす――」
レグルス大公の言葉が終わらないうちに、ロアナは馬に飛び乗った。
その小さな背中には、すでに獣人の王族としての誇りが宿っていた。
「心配ご無用でござる、父上。妾は誇り高き獣人の姫でござるよ」
「そんじゃ俺も姫様の護衛に励みますかね」
ソルドも馬へ飛び乗ると、ロアナと笑い合って馬の手綱を引いた。
朝日に輝く城門をくぐり、ソルドと共に旅立っていった。
「子供の成長とは早いものだな。あの子は立派に育っている」
「ええ。いつか人間と獣人の架け橋として、きっと素晴らしい未来を築いてくれることでしょう」
レグルス大公の言葉に、クレアは微笑んで頷いた。
「ロアナ……」
レグルス大公は、遠ざかる娘の背中をじっと見つめた。
その表情には父としての誇りと寂しさが交錯していた。
「さて、仕事に戻るとしよう」
レグルス大公が踵を返すと、クレアもそれに続いた。
「お昼は何を作りましょうか?」
「そうだな。またサンドウィッチを頼めるだろうか」
「お仕事しながら食べられますものね」
これはただのしばしの別れ。
また会える日を心待ちにしながら、クレアは今日も侍女としての務めに精を出すのだった。
レグルス大公の傍らで、この平穏な日々を守るために。




