第29話 施しは巡りゆく
赤い瞳を持つ少女は、古びた木製の椅子に縛りつけられ、痣だらけの身体を震わせていた。再び始まる鞭打ちによる〝教育〟に彼女は黙って耐えるしかない。
これは今日も変わらぬ光景だった。
少女の名はウルーシャ・モルド。
この暗闇の空間こそが、ウルーシャの日常であった。
人間と見間違うほどに獣人の特徴を亡くした子供達を教育する、いわゆる〝反省部屋〟と呼ばれるこの場所で、彼女は幾度も苦しみを味わされてきた。
憎悪の炎を絶やさないために、大人達から行われる過激な教育。
それは人間と獣人の戦争が生んだ一つの闇といえるだろう。
ウルーシャに限らず教育を受けた子供達は幼いながらも、その非道さに疑問を感じていた。
何故、自分達がこんな目に遭わなければならないのか。
そうして熟成された憎悪は、いずれ人間へ向けられることになる。
「人間は愚かな弱者。我々は圧倒的な強者だ。そんな奴らに支配される現状は間違っている」
そう吐き捨てるように言う大人たちの言葉は、ウルーシャの心に深く刻み付けられていった。自分たち獣人こそが優れた存在であり、人間は排斥されるべきだと教え込まれる。
しかし、ウルーシャには疑問が尽きなかった。
果たして本当に全ての人間が悪人なのか。同胞を傷つける大人達が正義なのか。
そんな考えが頭を過ぎるたび、また新たな鞭打ちが加えられる。身体中に走る激痛に、ウルーシャは悲鳴を上げずにはいられなかった。
「おい、今は教育中だ!」
執拗な教育の最中、突如として扉が開いて外の光が差し込んだ。
そこに立っていたのは、ウルーシャと同じ吸血蝙蝠の獣人の少女──ドラキュラ・ルナ・モルドだった。
「お願い、もうやめて! こんなことをして何になるの!」
「ほう、貴様はモルド家直系の……」
教育担当者の大人は冷たい表情でドラキュラを見やる。
ドラキュラは必死に訴えかけていた。
その様子に、ウルーシャは驚愕せざるを得なかった。
何故、自分を知らない少女がここまで必死になるのか。
「たとえ直系の血筋といえど、容赦はせん。いや、直系だからこそ容赦はできんな」
威嚇するように大人が鞭を掲げると、ドラキュラは必死に身を挺してウルーシャを守った。そして、自ら鞭打ちの刑を受けるのであった。
「どうして、そこまで……」
ウルーシャは呆然と見守るしかできなかった。どうして自分のために立ち向かってくれたのか。
その光景を目の当たりにし、ウルーシャの心は大きく揺らいだ。
「だって、誰だって痛いのは嫌じゃない」
「っ!」
自分を庇ってくれたクレアの姿は、ウルーシャの心に深く刻まれた。
しかし、無情にも二人の教育は進み、憎悪の種は植え付けられ芽吹くことになる。
光を失った二人の吸血蝙蝠の獣人は潜入工作員として、帝国城に潜入する任務を与えられるまでに成長する。
「……なんかクレアを見てると放っておけないんだよね」
メイドの仕事を終えた帰り道、ウルーシャは怪訝な表情で呟いた。
厳しい教育の中で忘れ去ったはずの記憶。それはしっかりとウルーシャの心に刻み込まれているのであった。




