表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/95

第29話 施しは巡りゆく

 赤い瞳を持つ少女は、古びた木製の椅子に縛りつけられ、痣だらけの身体を震わせていた。再び始まる鞭打ちによる〝教育〟に彼女は黙って耐えるしかない。

 これは今日も変わらぬ光景だった。


 少女の名はウルーシャ・モルド。

 この暗闇の空間こそが、ウルーシャの日常であった。

 人間と見間違うほどに獣人の特徴を亡くした子供達を教育する、いわゆる〝反省部屋〟と呼ばれるこの場所で、彼女は幾度も苦しみを味わされてきた。

 憎悪の炎を絶やさないために、大人達から行われる過激な教育。


 それは人間と獣人の戦争が生んだ一つの闇といえるだろう。

 ウルーシャに限らず教育を受けた子供達は幼いながらも、その非道さに疑問を感じていた。


 何故、自分達がこんな目に遭わなければならないのか。

 そうして熟成された憎悪は、いずれ人間へ向けられることになる。


「人間は愚かな弱者。我々は圧倒的な強者だ。そんな奴らに支配される現状は間違っている」


 そう吐き捨てるように言う大人たちの言葉は、ウルーシャの心に深く刻み付けられていった。自分たち獣人こそが優れた存在であり、人間は排斥されるべきだと教え込まれる。


 しかし、ウルーシャには疑問が尽きなかった。


 果たして本当に全ての人間が悪人なのか。同胞を傷つける大人達が正義なのか。

 そんな考えが頭を過ぎるたび、また新たな鞭打ちが加えられる。身体中に走る激痛に、ウルーシャは悲鳴を上げずにはいられなかった。


「おい、今は教育中だ!」


 執拗な教育の最中、突如として扉が開いて外の光が差し込んだ。

 そこに立っていたのは、ウルーシャと同じ吸血蝙蝠の獣人の少女──ドラキュラ・ルナ・モルドだった。


「お願い、もうやめて! こんなことをして何になるの!」

「ほう、貴様はモルド家直系の……」


 教育担当者の大人は冷たい表情でドラキュラを見やる。

 ドラキュラは必死に訴えかけていた。

 その様子に、ウルーシャは驚愕せざるを得なかった。

 何故、自分を知らない少女がここまで必死になるのか。


「たとえ直系の血筋といえど、容赦はせん。いや、直系だからこそ容赦はできんな」


 威嚇するように大人が鞭を掲げると、ドラキュラは必死に身を挺してウルーシャを守った。そして、自ら鞭打ちの刑を受けるのであった。


「どうして、そこまで……」


 ウルーシャは呆然と見守るしかできなかった。どうして自分のために立ち向かってくれたのか。

 その光景を目の当たりにし、ウルーシャの心は大きく揺らいだ。


「だって、誰だって痛いのは嫌じゃない」

「っ!」


 自分を庇ってくれたクレアの姿は、ウルーシャの心に深く刻まれた。

 しかし、無情にも二人の教育は進み、憎悪の種は植え付けられ芽吹くことになる。


 光を失った二人の吸血蝙蝠の獣人は潜入工作員として、帝国城に潜入する任務を与えられるまでに成長する。




「……なんかクレアを見てると放っておけないんだよね」


 メイドの仕事を終えた帰り道、ウルーシャは怪訝な表情で呟いた。

 厳しい教育の中で忘れ去ったはずの記憶。それはしっかりとウルーシャの心に刻み込まれているのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ