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第27話 新たな出会い

 三日間の休みを経てクレアはメイド業務に復帰した。

 懐かしくも感じる執務室で、彼女は深々と頭を下げる。


「この度は私の不注意でご迷惑をおかけしてしまい大変申し訳ございませんでした」

「気にするでない。クレアは何も悪くなかったのだぞ」

「この身に余る過分なお言葉、感謝いたします」


 レグルス大公に暖かく迎えられたクレアは笑顔を浮かべると、改めて初対面の二人に視線を向けた。

 一人はレグルス大公の娘であるロアナ。獣人の姫とも呼べる彼女はクレアにとってレグルス大公と同様に忠誠を捧げるべき人物だ。

 もう一人は、ロアナの護衛であるソルド。まだ子供だというのに、彼はどこか歳不相応の知的な印象を醸し出していた。


「お初にお目にかかります、ロアナ様、ソルド様。クレアと申します。以後、お見知りおきを」


 礼儀正しく一礼をするクレアに、二人は笑顔を浮かべた。


「よろしくでござるよ、クレア氏~!」

「どうも、これからよろしくお願いしますねクレアさん」

「ご、ござる?」


 困惑したようにレグルス大公へと視線を向ける。ロアナの言葉遣いは、とても王族とは思えないものだった。


「大体ソルドのせいだ」


 溜め息交じりに告げるレグルス大公。その表情には、諦めの二文字が浮かんでいた。


「えぇ?」


 クレアが首を傾げると、ソルドはバツが悪そうに後頭部を掻いた。


「勝手に忍者と侍にハマったロアナが悪い」

「おぉ? 責任転嫁でござるかぁ」


 ロアナは無邪気に笑いながら、ソルドを肘で突く。


「そういや、おっちゃん。まだ新作スイーツ作ってなかったな」

「またそれか。余は別に甘い物はそこまで好きではないのだが」

「やった~! ソルド氏のスイーツだぁ!」


 ロアナが飛び跳ねるように喜ぶ姿に、レグルス大公は苦笑いを浮かべた。


「いえ、あの。スイーツ? それ以前に、えっ、レグルス大公とロアナ様にその態度は……?」


 不敬を通り越した態度を見せるソルドに、クレアは混乱の極みにいた。

 アルデバラン侯爵を除いて、レグルス大公の周囲にこれほど気安い人物がいたことはなかった。獣人の王族であり、皇族の血を引く官僚を〝おっちゃん〟呼びなど、とんでもない不敬である。


「大丈夫でござる! ソルド氏と妾、マブでござるからな!」

「余はもう諦めた……」

「な、なるほど」


 クレアは納得せざるを得なかった。ソルドはレグルス大公に拾われたという話だ。息子や姉弟同然の存在ともなれば、それくらいの自由奔放さも許容されるのだろうと彼女は判断せざるを得なかった。


「と、とりあえず、紅茶をお入れしましょうか」

「ティータイムというやつでござるな!」


 いち早くこの空気に慣れよう。そう考えたクレアの提案に、ロアナは目を輝かせる。


「クレアさんも、良かったら一緒にどうですか?」


 屈託のない笑顔を浮かべたソルドの言葉に、クレアは思わず息を呑む。

 まさかメイドである自分がお茶に誘われるとは思わなかったのだ。


「いえ。私はメイドの業務が――」

「何を言っているでござるか! クレア氏も一緒に食べましょうぞ!」


 ロアナの無邪気な笑顔に、クレアは思わず心が和らぐのを感じた。

 幼少期の辛い日々が、まるで遠い過去のことのように感じられる。


「では、ありがたく」


 クレアは素直に相伴にあずかることにした。

 それからしばらく待つと、ソルドが自作のスイーツを持ってきた。


「待たせたな……今日のスイーツはいちごタルトだ!」


 真っ赤ないちごが宝石のように輝く美しいタルト。それはクレアが今までの人生の中で一度も見たことがないほどに魅力的なスイーツだった。

 紅茶を人数分用意すると、クレアは早速いちごタルトを口に含む。


「いただきます……っ!?」


 クレアは一口で、その美味しさに目を丸くした。


「これは……本当に美味しいですね」

「でしょう? ソルド氏は凄いのでござる!」

「へへっ。そんな大したものじゃないっての」


 照れくさそうに笑うソルド。レグルス大公も、普段の威厳ある表情を崩して満足げにいちごタルトを食していた。


 この温かな空気。これが、本当の意味での日常なのかもしれない。


 クレアはふと、そんなことを考えていた。

 共に時を過ごし、笑顔を分かち合う。

 それだけで、十分に幸せなことなのだと。


「あっ、ソルド氏! そこのいちごたっぷりのやつは妾が食べたかったでござる!」

「残念、早いもんがちだ」

「あの、ロアナ様? 足りなかったら私のをどうぞ」

「本当でござるか!」

「ええ。どうぞ召し上がってください」


 賑やかな会話が続く中、窓から差し込む陽光が四人の笑顔を優しく照らしていた。

 これから先も、きっとこんな穏やかな日々が続いていくに違いない。


 クレアは心からそう信じていた。


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