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第23話 闇に紛れる黒

 帝国軍諜報部司令官秘書オーツ・ボネンは焦っていた。

 窓から差し込む夕陽が執務室の床を赤く染め、その光は彼女の手元の書類までをも不吉に照らし出す。

 優秀な部下からの報告で獣姫様は聡明な方という話は聞いていた。

 しかし、たった半日で自分の元を訪れるとは思っていなかったのだ。


「せめてこの書類だけでも処分しないと……」


 そこには各部署に潜入している獣人のリストが途中まで書き連ねられていた。


[秘書 オーツ・ボネン:黒豹の獣人]

[侍女 シジュウ:蝙蝠の獣人]

[近衛騎士 グレイヴ・オルフ:狼の獣人]

[獣人兵団――


 潜り込んでいる一部の者の部署と名前だけでなく、細かな種族までもが記載されたそれは、組織の潜入工作員として致命的なものだった。

 そして、そのリストの中にクレアの名前はなかった。


「ドラキュラめ……あいつさえ、あいつさえいなければ!」


 削れた犬歯を剥き出しにしてオーツは怒りを露わにする。その表情は、ヒトの仮面を被った獣そのものだった。


 オーツ・ボネン。本当の名をフィデリア・モルド。

 黒豹の獣人として生まれ育った彼女は、モルドの名こそ継いでいるが直系の者ほど皇族の血を引いていなかった。


 獣人としては誇らしくも、任務を達成するには邪魔な牙や爪は生える度に削って整えた。

 尻尾も可能な限り短くなるように切断した。その痛みに耐えながら、オーツは人間への憎悪を募らせていった。

 そうやってなんとか人間に容姿を似せて潜入を続けていたのだ。


 帝国の執務室に置かれた鏡に映る自分の姿。

 人間らしく装うため、黒色の制服は完璧に着こなし、髪も丁寧に束ねている。

 だというのに、直系の血筋であるあのドラキュラという娘は生まれつき容姿は人間のようで、そのくせ吸血蝙蝠という耳と鼻の良い潜入向けの種族に生まれてきた。

 まるで運命に選ばれたかのような血筋。それは、オーツにとって我慢ならないものだった。


 そして、潜入早々に獣王の侍女に就任し、偶然出会った皇女殿下と友好関係を築いて洗脳まで行った。

 周囲からは侍女として信頼され、着実に地位を築いている。


「ふざけるなよ、蝙蝠風情が……!」


 怒りに任せて拳を握れば、伸びてきた爪が食い込み、血が滴る。その痛みも、彼女の憎悪を和らげることはできなかった。


「私がどれだけ組織に尽くしたと思っているのだ」


 低く唸るような声が、静まり返った執務室に響く。

 オーツが諜報司令官を殺害した理由は、正体が露見してしまったため。

 クレアに罪を着せたのは、くだらない嫉妬が理由だった。

 自分が長年こつこつと努力して築き上げたものを一瞬で追い抜き、欲した立場にいる。それが彼女にはどうしても許せなかった。

 結局のところ。組織のために動いていても、オーツは個人的な感情を捨て去ることはできなかったのだ。


「この書類と凶器さえ処分してしまえば、姫様も追求はできまい」


 執務室の暖炉に目を向ける。この場で証拠を燃やせば煙が立ち、それは不審に思われるだろう。

 部屋中を探して集めた自分の痕跡を懐にしまうとオーツは執務室を出る。

 廊下には既に夕暮れの影が忍び寄っていた。今なら、誰にも気付かれずに行動できる。


 今後の動きを報告するついでに、地下用水路で証拠品の処分をするつもりで、オーツは叛逆の牙に召集をかけるのであった。


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