第20話 諜報司令官秘書オーツ・ボネン
執務室の中からソルド達を迎えたのはキリッとした目つきが特徴的な女性だった。
目元や口元、そのどちらにもホクロが特徴的である。
「失礼いたします。わたくし、ガレオス・ソル・レグルスが娘ロアナ・ソル・レグルスと申します。こちらは護衛のソルド・ガラツでございます」
ござる口調を崩し、ロアナが王族らしく丁寧に挨拶をするのと同時にソルドは無言で片膝をついた。
「これはこれはロアナ様。このようなところに何用ですか?」
一応は皇族の血を引いた官僚の娘が相手。女性は表向きは丁寧に対応していた。
「申し遅れました。私は亡くなった諜報司令官ハズナーの秘書をしております、オーツ・ボネンと申します」
女性は被害者であるハズナー司令官の秘書だった。
オーツ・ボネン。諜報司令官シリウル・ハズナーの秘書として働き、彼の右腕として信頼されていた存在だ。
「ご丁寧にありがとうございます。本日は少々お話を伺いたく参上いたしました」
ロアナは礼儀正しく言いながらも、その眼光は鋭さを帯びていた。
「お話を、ですか?」
オーツは不思議そうに小首を傾げる。
「昨夜、ハズナー司令官の遺体が発見された件について教えてください」
ロアナが真っ直ぐにオーツの瞳を見つめ、単刀直入に尋ねる。
「もちろんですわ、お答えできる範囲であれば」
昨夜の事件と聞いて、オーツは微妙な表情を見せたが、すぐに笑顔を取り繕った。
「事件の経緯について、詳しくお聞かせください」
オーツはロアナに笑顔のまま答える。
「もちろんです。事の顛末は調書に記載されているとおりでございます」
オーツは机の上の書類を手に取り、ゆっくりと説明を始めた。
「あの日、司令官は何者かに呼び出された様子でした。秘書である私にも、危険だからと行先も告げずに執務室を出て行ってしまったのです」
「危険?」
ロアナが眉を寄せる。
「はい。司令官は元々諜報員として各国で潜入任務をこなしてきたお方です。万が一のことはないだろうと思っていたのですが……」
そこで言葉を区切ると、オーツは悲し気に目を伏せる。
その言葉にソルドは思案の色を落とす。
何者かに呼び出され、秘書には行先を告げずに現場へと向かった。
それは少しばかり不自然だった。
もし本当に呼び出されたのならば、詳細は共有するはずだ。危険が伴うのならば、尚更のことである。
「つまり、ハズナー司令官を殺害した人物はよっぽどの手練れだったと?」
「おそらくは。あのクレアというメイドはやはりスパイだったのでしょうね。そう考えればハズナー司令官が不覚を取ったのも頷けます」
「なるほど、よくわかりました」
静香に話を聞いていたロアナは頷くと、目を細めて口を開いた。
「ところで……何故、私達を追い出したりしないのですか? 上司が殺害された次の日。どう考えてもお忙しいでしょうに、我々のような子供が事件の話を聞きにきた。たとえ、レグルス大公の娘だとして邪険に扱うものです」
平常時ならばともかく、今は非常時。
皇族の血を引く官僚の娘だからと言って、子供のロアナを邪険に扱ったところで罰せられるのはロアナのほうだろう。
「それにあなたからは敵意や侮蔑を感じない。いえ、むしろわたくしへの敬意すら感じる」
「それ、は……」
オーツの声が震え、その表情に緊張が走った。
その変化を見逃さず、ロアナは続ける。
「どの官僚もすべからくわたくしに不躾な視線を向けてきました。ですが、あなたはそうでない」
ロアナの声が少しだけ冷たく響く。彼女の王族としての威圧感が漂い、オーツはますます態度を硬化させた。
「人間のすべてが獣人へ敵意を持っているわけではありません!」
「そうでしょうね。護衛の彼がいい例です」
そこで雰囲気を和らげると、ロアナはニッコリと微笑む。
「申し訳ございません。こういう探偵ごっこがしてみたかったんです」
「え……」
「お忙しいところ、お邪魔いたしました」
ロアナは唖然とするオーツをよそに、ソルドを伴って執務室から出ていく。
その口元には真実を見つけた者特有の笑みが浮かんでいた。




