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第14話 レグルス大公、胃痛の始まり

 レグルス大公は執務室の机で頭を抱えたまま、苦悶の表情を浮かべていた。

 カーテンが掛けられた状態の窓は陽光を遮ったまま。

 机の上には積み重ねられた書類が山をなしているが、今の彼にはそれらに目を通す気力すら湧いてこない。

 今朝、突然知らされたメイドのクレアが殺人罪で投獄されたという一報。

 その知らせが、レグルス大公を苦しめていた。


 クレアは比較的感情が見えづらい方ではあるが、この半年でレグルス大公は彼女の表情や言動の意図を察することができるようになっていた。

 朝の挨拶での微かな笑みや、夜遅くまでの執務を気遣う優しい言葉。

 それらの些細な仕草の一つ一つが、今は懐かしい思い出となって胸を締め付ける。


 彼女は寂しがり屋で平穏を好む、根が優しい人物である。

 没落貴族の末裔という過去を持ちながらも、決して暗い表情を見せることなく仕事に励み、周囲の者達からの評判もすこぶる良かった。

 まったく関わりのない官僚を殺すなど、あり得ない。


「しかし、どうすれば……!」


 レグルスは机を強く叩き、歯を食いしばった。

 クレアが投獄されたという事実は、レグルス大公の心に重くのしかかっていた。

 そんなとき、唐突に執務室の扉がノックされる。

 その音は重苦しい空気を切り裂くように鋭く響いた。


「どうぞ、お入りください」

「失礼いたします」


 疲れた声で返事をすると、重厚な扉がゆっくりと開かれた。

 執務室へ入ってきたのは、若々しく鋭い眼差しを持つ青年、執政補佐官バージニス・ルゥ・ヴァルゴだった。


「レグルス大公。ごきげんよう。お忙しいときにお邪魔してしまい申し訳ございません」

「いえ、お気になさらず。どういったご用件でしょう?」


 形式的な応対をしながらも、レグルスの心は激しく動揺していた。

 彼はバージニス・ルゥ・ヴァルゴ。この国の宰相であるポルト・ルゥ・ヴァルゴ大公の息子であり、聡明な頭脳を持つ官僚として知られていた。

 そして、何よりも父であるヴァルゴ大公は反獣人派として有名だった。


「実は投獄された貴殿の侍女のことで気掛かりなことがありまして」


 バージニスの言葉は、慎重に選ばれているようだった。そこにはレグルス大公に対する確かな気遣いが感じられる。


「クレアのことですか!」


 クレアに関する話題が出た途端、レグルスは慌てて椅子から立ち上がった。

 椅子が軋む音が静かな執務室に響く。


「どうにもこの事件には不審な点が多いのです。貴殿の侍女ならば、情報の共有は必要かと思いまして」


 そう前置きをすると、バージニスはつらつらと事情を話しだした。

 クレアが殺された官僚の遺体の第一発見者であること。

 巡回の騎士達が駆け付けたときには、彼女以外に現場には誰もいなかったこと。


 そして、クレア自身がなんの弁解もせずに、処刑されることを望んでいるということ。


「詳しいことはこの調書に記載されています」


 バージニスは懐から書類を取り出すと、執務机の上に置く。黄ばんだ紙の上には、整然とした文字で事件の詳細が記されていた。


「バージニス殿……感謝します」


 レグルスの声は震えていた。感謝の言葉以外、何も出てこなかった。


「お気になさらず。父がいつもご迷惑をおかけしておりますので、そのお詫びということで」


 感極まっているレグルスにバージニスは困ったように笑った。

 投獄されたクレアの身の潔白を晴らすためには詳しい捜査が必要だ。

 そのためにも、バージニスが情報の提供に積極的であることはレグルスにとってありがたいことだった。


「この事態は必ず解決してみせます」


 レグルスは固い決意を込めて宣言した。その瞳には、かつてない強い意志が宿っていた。


「ええ。そうなるといいですね」


 バージニスは静かに頷くと、重厚な足取りで執務室を出ていった。

 扉が閉まる音が響き、再び静寂が部屋を支配する。

 夕暮れの光が差し込む窓辺で、レグルスは調書に目を通し始めた。


 真実を明らかにするため、そして何よりも、クレアを救うために。


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