第12話 投獄
クレアは投獄された。
血塗れの遺体を抱き起しているところを巡回中の騎士に見つかってしまったからである。
暗い夜道で、月明かりだけが照らす中、彼女の白い手は深紅に染まっていた。
騎士達は躊躇することなく彼女を取り押さえ、地下牢へと連行した。情状酌量の余地などまるでなかった。
冷たい石壁に囲まれた地下牢は、彼女の心のように冷たかった。
「天罰、なのでしょうね」
クレアは檻の中でポツリと呟く。その声には自嘲の色が滲んでいた。
かつて自分がされたように、純粋無垢な皇女を自分の都合の良いように歪めた。あの眩いばかりの笑顔を、自らの手で闇へと引きずり込もうとしたのだ。
これはきっと、その報いなのだろう。
地下牢の壁を眺めながら、クレアはそんなことを思った。
「そのまま聞け、ドラキュラ」
牢番の男性が小声で話しかけてきた。その声は地下牢の湿った空気に吸い込まれるように低く響いた。
本名を知っていることから、クレアは彼が同胞なのだと気付いた。
「城内はちょっとした騒ぎになっている。レグルス大公のメイドが官僚を殺したとな」
そこで言葉を句切ると、牢番は無慈悲に告げる。その瞳には、一片の容赦も見えなかった。
「お前はここで死ね。後任は何名か候補がいる、心配するな」
それは組織の冷徹な判断だった。失敗した駒は容赦なく切り捨てられる。それが彼らの掟だった。
その言葉は地下牢の闇よりも冷たく、クレアの心に突き刺さった。
「ま、待ってください。私は殺してなどいません」
「そんなことはどうでもよい」
牢番は感情のない声でクレアの言葉を切り捨てる。
「碌に取り調べをされなかったのは幸いだった。もし貴様が獣人であることを隠して潜入していると露見すれば、我々にも累が及ぶ。貴様の得た立場は惜しいが叛逆の牙の存在が露見するのは危険だ。同胞達のことを思えば、貴様が死ぬべきだ」
同胞のために死ね。同胞と呼びながらも、その言葉にはまるで仲間意識というものが存在していなかった。
組織にとってクレアはただの駒に過ぎない。たとえ優秀な駒であろうと、組織の不利益になるのならば、容赦なく切り捨てる。
結局のところ、誰一人としてクレアを一個人として見てくれる者などいなかった。
そのことに気が付いたクレアは、今まで信じてきたものが崩れ落ちていくのを感じた。
「わかり、ました……後のことはお任せします」
クレアは深く俯いた。その声は諦めに満ちていた。
長年仕えてきた組織への最後の忠誠を示すように。
彼女の長い黒髪が顔を覆い、最後の表情を隠した。
「……私は一体なんのために生きていたのでしょうね」
「当然、我ら獣人のためだ。貴様の命は無駄になることはない。誇るがいい」
それだけ言うと、牢番はクレアに背を向けた。もう話すことはない、そう態度で示していた。
クレアの瞳から一筋の涙が流れ落ちる。それは後悔だったのかもしれない。
静かに俯いて涙を流し続けるクレアの背後から声がかかる。
「クレア……クレア!」
「なっ」
弾かれたように顔を上げて振り向き、クレアは目を見開いた。
そこには空いた石壁の隙間から顔の一部を覗かせるルミナの姿があったからだ。
 




