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第8話 皇女殿下への教育

 クレアが潜入してから半年の月日が流れた。

 レグルス大公のメイドとして帝国城での日々を過ごす中で、クレアは周囲からの評価も上がっていった。

 獣人官僚のメイドとなってのに、愚痴の一つも零さない。脱走した皇女殿下を誰よりも早く見つけてくる。

 それらの要因から、早くも後輩のメイドから慕われるようになっていたのだ。


「……思ったより居心地が良くなってしまいました」


 そのことに一番困惑していたのはクレア自身だった。

 今まで道具のように扱われていた叛逆の牙にいた頃とはまるで環境が違う。

 周囲の者達は皆がクレアを褒め、優しく接していた。


「それは人間だから、なのでしょうね」


 それが泡沫の夢に過ぎないこともクレアは理解していた。

 種族を偽っていたからこそ、獣人の能力を使いながら人間のフリができる。


 結局、自分が獣人だとわかれば掌を返されるだろう。


 クレアは思考を切り替えると、皇女殿下であるルミナの洗脳状況について考える。

 ルミナを獣人寄りの思考に教育することはうまくいっている。

 現状、帝国城内の誰よりもクレアは信頼されている。

 他のメイドほど口うるさくなく、ルミナが脱走しても少しの間は見逃してくれる。

 さらに、国が隠蔽した真実という好奇心の塊にとっては魅力的な知識を教えてくれる。

 ルミナがクレアに懐くのも当然のことだった。


「クレア、クレア! 今日も獣人のこと、教えて――もがっ」

「わかりましたから、あまり騒がないでください」


 クレアは侍女の宿舎でメイド服に着替えたルミナの口を抑える。

 ルミナは皇族専用の逃走経路を使い、定期的にクレアの元へとやってきていた。

 彼女がやってきた時間帯は全ての仕事が終わった深夜。幸い同室にいるのは自分と同じ潜入工作員であるため、ルミナが来たところで支障はない。


「そうですね。それでは、本日はレグルス大公についてお話しましょうか」

「レグルス大公って、あの獣人官僚の?」

「ええ、そうです。ルミナ様は彼のことはどう教えられましたか?」

「確か、力で獣人を支配していた暴君の末裔だと聞いております。あと、皇族の血で獅子の血を薄めることでその凶暴性を抑えられるとか」


 何度聞いても腸が煮えくりかえるような話である。

 そもそも獣人は戦闘部族。同胞を守るためにも強い力を持つ者が王であることは何もおかしな話ではない。

 王家の血を薄める理由もまた歪められている。

 これは獣人への見せしめだ。それをあたかも人間の厚意のように述べている面の皮の熱さに、クレアは殺意すら覚えた。


「クレア?」

「……ルミナ様。それらは真っ赤な嘘でございます」


 ふぅ、と肺から空気と共に怒りを追い出す。

 どんなときも冷静でなければ潜入工作員は務まらない。


「レグルス大公――いえ、彼ら一族は帝国の犠牲者なのです」


 今日も潜入工作員は純真無垢な皇女殿下へ正しき知識を埋め込んでいく。

 それが思わぬ形で将来花開くことになるとは、彼女にも予想できないことだった。


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