第2話 獣王との邂逅
反帝国組織、叛逆の牙。
その構成員は全てかつて御三家とまで言われた皇族の血を引くモルド家の末裔である獣人だ。
皇族の血を引き、人間に変装できるほどに獣人の血を薄めた彼らの望むものは一つ――人間の支配だ。
戦争に負け、国を吸収され、人間の支配下に置かれたことへの憎悪は消えることがない。
人間への復讐。自分達がされたことをやり返す。
そのためならば、血を薄め獣人としての誇りを捨て去ることすら厭わない。
まさに獣人の憎悪を凝縮した存在。それが叛逆の牙なのだ。
そんな叛逆の牙の構成員は、帝国城内に多数潜入している。
「お初にお目にかかります、ガレオス・ソル・レグルス大公閣下。本日よりお仕えすることになりましたクレアと申します」
クレアと名乗った女性が深々とお辞儀をする。このクレアもまた叛逆の牙の構成員だった。
彼女に与えられた任務は諜報と監視。
これはクレアが隠密に長けた吸血蝙蝠の血を引くからこそ与えられた任務だった。
「面を上げよ」
レグルス大公の低い声が響き、クレアはすっと姿勢を正して顔を上げる。
「クレアと言ったか」
レグルス大公はクレアへ鋭い視線を向けたが、その意図を読み取ることはできなかった。
何年もの間、権力闘争を生き抜いてきた彼の経験、動物的第六感は並大抵ではない。
まさか正体を見抜かれた?
そんな風に警戒したのもつかの間のこと、そこには百獣の王とも言われる獅子の顔が笑顔を浮かべていた。
「今日からよろしく頼む。獣人官僚仕えは不満かもしれぬがな」
「いえ。そのようなことは……」
自虐の交じった言葉をかけられ、クレアは困惑する。
これがかの獣王と称えられている我らが王となる人物なのか。そんな疑問が脳裏に過る。
「大公閣下のご期待に沿えるよう、精一杯努めさせていただきます」
クレアは怪しまれずに済み、内心安堵しながら答えた。
「そう気負わなくともよい。余は獣人といえど、帝国に仕える官僚だ。種族こそ違えど、そこに差はないのだ」
「はぁ……」
どうにも調子が狂う。
もっと遍く獣人の頂点に君臨する王という人物像を想像していただけに、クレアは肩透かしを食らった気分になった。
その日は一日中、淡々とメイドとして仕事をこなしている内に終了した。
日も沈み、起きている者が警備兵だけになった時間帯。
クレアは一日の報告をするため、入り組んだ地下用水路を進み、叛逆の牙が作った帝国城内のアジトへ足を運んだ。
アジトの中には軍部に潜入しているクレアの上司に当たる人物がいた。
早速クレアはレグルス大公との会話内容などを報告していく。
「なんと嘆かわしい! 我らが獣王様がそのようなことを申したと言うのか!」
「はい。もちろん、人間相手に方便を使ったとも考えられますが」
「たとえ方便であったとしても、だ。人間との軋轢を恐れ、そのようなことを獣王様が宣うことが問題なのだ!」
上司は報告を受けて激昂していた。
レグルス大公は奇跡的に先祖返りを起こし、かつて獣人の王国を治めた伝説の雄獅子の獣人として生まれた。
色濃く獣人の遺伝子が刻まれた彼は獣人達にとって希望の象徴であり、叛逆の牙の構成員にとっては獣人が人間へ反旗を翻すための旗印のような存在なのだ。
「ドラキュラ・ルナ・モルドよ。貴様の使命はなんだ」
「獣王様を再び我らの王として迎え入れることでございます」
本来の名前で呼ばれたクレアは、改めて自身の使命を心に刻むのだった。




