第1話 暗闇の中に見た光
地下用水路は帝国城内のあらゆる汚水が集まる場所だ。長い歴史を持つ帝国城の地下には、複雑に入り組んだ用水路が蜘蛛の巣のように張り巡らされている。
流れる汚水の表面には、腐敗したゴミや排泄物が浮かび、鼻をつく悪臭が立ち込める。
時折、水面から立ち上る泡が音を立てては消えていく。その度に、新たな悪臭の波が押し寄せてくる。
水の滴る音が地下用水路の静寂をかき乱し、どこからともなく聞こえてくる不気味な音が訪れる者の神経を逆撫でする。
そこに生息する生物は、光の届かない暗闇に慣れたものばかりで、ネズミや虫、さらに得体の知れない生物たちが時折、影を潜めるように姿を現す。壁には緑がかった苔が生え、その表面には無数の小さな虫たちが這い回っている。
常人ならば、まずこの場所には足を踏み入れることはない。
「あっ」
「あなたは……」
故に、そんな場所で出会った二人はお互いに驚いたように声を上げた。地下用水路の湿った空気が、二人の声を吸い込むように消していく。
「ど、どうしてこんなところまで来れたのですか」
蝋燭の明かりに照らされた幼い少女は、悪戯が見つかったようにバツの悪そうな表情を浮かべている。自分の目の前にいる人間がメイドだったからだ。
少女の手には、半分ほど燃え尽きた蝋燭を持つ真鍮の燭台が握られている。その揺らめく炎が、汚れた水面に不気味な影を投げかけていた。
「メイドは城の中であれば暗闇でも自在に歩き回れるのですよ」
即座に状況を理解した新人メイドは、目の前の少女が噂のお転婆皇女だということに気がついた。揺らめく炎に照らされた皇女の姿は、侍女達の間で噂になっていた通りだった。特徴的な琥珀色の髪は少し汚れ、高価な服にも泥が付着している。
「皇女殿下、戻りましょう。ここは危ないですから」
「嫌です! またお部屋でずっと勉強させられるなんてうんざりです!」
皇女は駄々をこねるように首を横に振る。その仕草は、まさに年相応の幼い少女のものだった。豪華な衣装に身を包んでいても、結局は自由を求める子供なのだ。
皇女の勉強嫌いは有名で、抜け出すたびに侍女や執事が捜索隊を出すほどである。
城中の誰もが、皇女の自由奔放な性格を知っていた。
だから、この子は自分を捕まえに来たメイドだと勘違いしたのだろう。
実際には、このメイドには別の目的があった。
しかし、今はその目的を脇に置いておく必要があった。
メイドは都合の良い勘違いに安堵の溜息をついた。薄暗い通路に、その溜息が小さく響く。
「では、サボってしまいましょうか」
そして、幼い皇女にとって魅力的な提案をする。蝋燭の明かりに照らされたメイドの表情には、どこか計算された優しさが浮かんでいた。
「へ?」
「休息もたまには必要でしょう、ルミナ様」
柔らかく微笑んだメイドに、皇女――ルミナの表情がパッと明るくなる。その笑顔は、この暗く陰鬱な地下用水路を一瞬にして明るく照らすかのようだった。
「申し遅れました。私はメイドのクレアと申します。以後お見知りおきを」
こうして、ずっと暗闇を彷徨っていた一人のメイドは光と出会ったのだった。




