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第21話 未知の甘味アイスクリーム

「主人公ねぇ」


 胡散臭いものを見るような目でソルドは書類と向き合っているルミナを眺める。

 ソルドにとっては初めて遭遇する原作の登場人物だ。厳密には同姓同名の人物というだけで本人ではないのだが、そもそも〝ルミナの聖剣シリーズ〟未プレイのソルドにとっては些末なことだった。


「まさか皇女殿下だとは思わないじゃん」


 何せタイトルに名前があるのだ。きっといずれ聖剣を持って魔王を倒す勇ましい女性に違いない。ルミナに対してソルドは漠然とそんな風に思っていた。

 それが蓋を開ければただの世間知らずの箱入り娘だった。元々期待してはいなかったが、拍子抜けもいいところである。


 とはいえ、ルミナに同情する気持ちがないわけでもなかった。

 前世においてソルドは日本で勉強漬けの毎日を送っていた。

 親に友人を選ばれ、ゲームや漫画などの娯楽も禁止され、優秀な成績を収めても褒められることはない。


 だからこそ、ゲームの世界には憧れがあった。

 いつか自分も同年代の子供達と同じように、画面の中のファンタジーな世界を主人公として冒険してみたい。ずっとそんな思いを抱えていたのだ。

 勉強漬けで外の世界に憧れるルミナの気持ちはソルドにとって理解できるものだった。


「クレアさん、侍女の服って余ってますか?」

「ええ、予備を取ってくることは可能ですが……」

「貸してもらえませんか? ちょっくら変装して新作スイーツ作ってきます」


 ソルドの言葉にクレアは無言で微笑んだ。

 それから執務室を抜け出し、いつものように厨房に入り込んだソルドは新作スイーツを携えて執務室に戻ってきた。


「ただいまー!」

「戻ったか。しかし、お前も危ない橋を渡るな」


 本来ソルドは皇女付きの騎士としてルミナの傍を離れてはならない。

 任務初日にしてさっそくの職務放棄だったが、ソルドの真意を理解しているレグルス大公は苦笑するだけだった。

 執務室に戻ってきたソルドは鎧に着替えなおすと、死んだ魚のような目で書類と向き合っているルミナを見てニヤリと笑い、机の上に皿を置いた。


「皇女殿下、そろそろ休憩されてはいかがですか?」

「えっ、いつの間に戻って……いえ、これは?」


 皿の上に乗っていたのはガラスの器に盛られたアイスクリームだった。

 白いバニラアイスにオレンジ果肉を砂糖で煮たソースがかけられたシンプルなアイスクリームである。


「これはアイスクリームだ」

「氷菓子の類でしょうか……」

「まあ、そんなところだな」


 ゾディアス帝国において氷はそこまで貴重なものではない。

 帝国北部にある北方諸島アルカディアでは一年中氷が大量に取れるため、定期的に帝国城地下に存在する氷室へと運び込まれる。


「よく料理人達から氷を分けてもらえたな」

「口止め料は既に支払ってるからな」


 ソルドは度々厨房に入っては新作スイーツを作っている。当然、料理人達とも顔馴染みであり、彼の作る新作スイーツを楽しみにしているため文句も出ない。


「もちろん、おっちゃんとクレアさんの分もあるぞ」

「待ってました!」

「ありがたく頂戴するとしようか」


 二人はそれぞれソルドから渡されたスプーンを手に取る。


「ほれ、ルミナも遠慮せずに食べな。頭使って疲れたろ」

「え、ええ……」


 普段あまり甘い物を食べないルミナだが、目の前に置かれたデザートに思わず唾を飲み込む。


「大丈夫だ。忠誠心なんてなくても、毒を混ぜるようなことはしない」

「誰もそんなこと疑ってません!」


 真面目な表情で告げるソルドにルミナは声を上げる。

 冗談が通じないと言わんばかりに肩をすくめるソルドにルミナは頬を膨らませた。


「では、いただきます」


 ルミナはスプーンを手に取り、アイスクリームを口に含む。


 その瞬間、その表情が驚愕に染まった。


 冷たい感覚が舌の上で溶けたかと思うと、濃厚な甘みと爽やかな香りが鼻腔を通り抜ける。ルミナは今まで毒見をされたものしか食べたことがなかったため、すぐに溶けてしまう氷菓の類は口にしたことがなかった。

 そんな彼女にとって滑らかな口触りのアイスクリームはまさに未知の甘味だった。


「おいしいです! これ、すっごくおいしいです!」

「それは良かった」


 目を輝かせながら夢中で食べる様子にソルドは満足げに笑う。


「では、この後もお仕事頑張ってくださいね」

「まだ半分以上残ってますね……」


 執務机に積まれた書類を見たルミナは、アイスクリームで緩んだ頬を引き攣らせるのであった。


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