第19話 図られた皇女殿下
「いやはや、官僚の中でも多忙と名高いアルデバラン殿の仕事を引き継ぎたいとは、皇女殿下も立派になられたものだ」
「えっ、いや、そんな……」
「おーおー、侯爵もえげつない量の仕事こなしてたんだな。エクセルがあれば瞬殺なのに、これじゃしばらくは外に出れなさそうだ」
ルミナとレグルス大公のやり取りを見たソルドは、同情するように呟く。
ソルドの言う通り、アルデバラン侯爵が請け負っていた仕事量は尋常ではなかった。性根こそ腐っていたが、その補佐をしていたエリダヌスとて優秀だった。
優秀な官僚と優秀な補佐官で回していた仕事を世間知らずの皇女が担当する。はっきり言って無茶ぶりにもほどがあった。
「図りましたね!?」
「図られたんだよ、皇帝陛下と宰相にな」
「ルミナ様の脱走癖をこういった形で防いでくるとは予想外でしたね」
「失態があって当然。何かあれば余の責任問題となる。ヴァルゴ大公からすれば、余の失脚も狙えて一石二鳥というわけか」
ルミナの訴えにソルドは肩をすくめ、クレアは溜息混じりに答え、レグルス大公は苦笑しながら同意する。
三者三様の反応を示す中、当のルミナ本人は怪訝な表情で首を傾げていた。
「どういうことですか?」
「気づけよ。ヴァルゴ大公はおっちゃんの失脚を狙っている。血筋だけは尊い世間知らずの小娘に仕事任せて、責任はおっちゃんが受け持つ。こんなおいしい条件見逃すわけないだろ」
「良いように利用されましたね、ルミナ様」
「もちろん、わからないことがあれば適宜聞いていただいて構いませんぞ。そのために皇女殿下用の執務机も用意しましたしな」
レグルス大公はそう言うと、無駄に重厚な造りの執務机に視線を移した。
「ソルド、お前も手伝ってやれ」
「却下。俺は騎士だぞ」
「読み書きと算術ができるのだからそのくらいいいだろう。主の危機だぞ、騎士様?」
「この身は皇女殿下の剣にございます。剣が物事を考えられますでしょうか」
「お前、本っ当に口だけは達者だな!」
「ふふっ、いつもの光景ですね」
いつものように騒ぎ出したソルドとレグルス大公のやり取りを見て、クレアは思わず笑みを零す。
ルミナはというと、大量の書類を前に呆然と立ち尽くしていた。
「さて、話はここまでだ。業務に戻らなければな」
レグルス大公の一言により、この場にいる全員が己の職務に戻っていく。ルミナも例外ではない。ルミナは泣きそうな顔をしながら自分用の執務机に腰掛けると、目の前に広がる書類の山を見て項垂れていた。




