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天才令嬢の呟き


ツァヴァ―トはその名を轟かす魔法大国なだけあって、軍の約八割は魔法使いや魔術師で構成されている。


兵は魔法や魔術を使った戦闘を想定して、非常に高いレベルの訓練がされており、どの国もこの軍に喧嘩をふっかけたくはないので、ツァヴァ―トはここ100年、他国と戦争がなくとても平和な国である。

そう、平和なのだ。




「あぁーもうやですわぁ、平和とか飽き飽きよー!!」

「団長、公の場でないとはいえ、その発言はいかがなものかと」


書類に囲まれて顔が見えない上官を、副団長は冷静沈着といった口調で咎めた。


「もうっ、魔術の研究は確かに楽しいですわよ?そこに文句はありませんわ。だけれどほら、実戦が魔物相手だけって、魔術師としての腕が鈍ると思いませんの、アーシャ」

「貴女の腕が鈍る?戦を求めて多国間の戦争の増援で送られる兵に自ら志願し、今なお魔術の腕を磨きまくっているのに?」

「おほほ、我がシュトリームヒ家の家訓は『汝、争え。血の味を忘れるな』でしてよ」

「この平和な時代にアンタの家だけ世紀末なんですよ」


特別国家魔術師団師団長。ミラージュ・フラン・シュトリームヒ。


齢26にして、この魔法大国で魔術をもっとも極めしものとして与えられる称号を得てなお、彼女は日々更なる高みを望んで魔術を極めている。

それだけ聞けば、天才とは本当にいるのだなと思うだけだ。


天才とか煌びやかな言葉で彼女を語るのは無理である。


鮮血の令嬢、彼女が歩けばそこは荒地と化す。

彼女と共に戦地から帰還した兵が口を合わせて言った言葉だ。

畏怖は一周回って崇拝に変わるらしい。彼女の盲目的な信者はこの王宮内に数多く存在する。


そこら辺の世襲の大臣よりもよほど人望の厚い彼女を補佐する、副団長アルクーシャ・イオナはいつもと同じ呆れた目線を彼女に送った。


「シュトリームヒ侯爵にこの間夜会でお会いした際、貴女がお見合いを一向に受けようとしないと嘆いていましたよ」

「お父様ったら、酷いですわね。自分は運命の人と恋に落ちて結ばれたというのに、あたくしにはお見合いを強要するだなんて」

「だってアンタもう25でしょ。この国の結婚適齢期は19ですよ」

「アーシャもそんなこと言うんですの?!ひどいわあ!!」



「団長!!!!」


アルクーシャを睨みながら団長が台パンをかましたのとほぼ同時に、団長室のドアが叩き開かれた。


「あら、マリィ、そんなに慌ててどうなさったの?」


「そ、それが!上空に貼ってある魔力探知に!引っかかった人間が!!」


あ、やべ。アルクーシャは思った。

おそるおそる上官の顔を見ると、彼女は明らかに興奮し頬を染めて瞳孔を開いていた。

一度、彼女が鮮血の令嬢と呼ばれた戦地で見たことのある表情によく似ていた。



「まぁまぁまぁまぁ!!!本当に引っかかってるわ!!!」

「いやー、こんな超絶魔力の無駄だといわれ続けた術式がまともに役立つときが来るとは」

「いやお二方笑い事じゃないですよどうすんですかこれ」


執務室の巨木を加工して作られた大きい机の上に、表面に魔力が薄く張られた布が広げられている。

その布の一点が、青白くピコピコと光っていた。


「さっそく向かってみましょう!あたくしについてらっしゃいアーシャ、マリィ!!」

「まてこら戦闘狂(バーザーカー)!!一国の魔術師団長なんていう御方がそんな自由に行動したら、軍事会議で兵士長殿にまぁた嫌味を言われますよ!!僕が!!」

「お二人とも落ち着いてくださいぃー!」


これが国のエリートの中でもエリートと言われる特別国家魔術師のトップ3である。

初見の人間は皆フリーズする光景だが、この執務室にいる人間は皆この日常風景に慣れてしまって「ああ、またやってんな」と思いつつ誰も何も突っ込まない。これに憧れている魔法学校の生徒は可哀想だ。


「あ、消えちゃいました」

「ほっらあ、アーシャが止めるから居なくなっちゃったじゃないの」

「こんな!首都から離れた国境沿いの!森の上空に!どうやってこの数分で行くつもりだったんですか」

「いやあの、お二人とも争ってないで、さっさとこの人間の特定を手伝ってください」

「「はい」」


おふざけもほどほどにして、二人は魔術を分解して魔力を特定し始めた。

先程まで興奮していたミラージュは術式をいじっているといきなり眉を顰めた。


「あらぁ、なんですのこれは」

「どうかしましたか団長」

「あたくし、この魔力を覚えておりますわ。というか忘れられませんわ、あんな子」


アルクーシャは驚いた。

この、興味のないことは一切覚えられない彼女(アホ)が魔力だけで覚えている人間なんて、この王宮に何人いるだろうか。

それはとても優秀な魔術師なんだろうか。そんな相手を自分が知らないとは思えないが。これでも彼女とは入団時からの付き合いなので。


「元宮廷魔術師の人間ですか?」

「いいえ、魔法学校に在籍していた時の、後輩ですわ」


嫌な予感がした。「ふふ。これはこれは」




「あたくしの誘いを断り連絡も取れず、消息不明になりやがったあの黒魔術師ではありませんか」


ピキピキと青筋を額に走らせ、今にも魔力が爆発しそうな彼女に、執務室中の人間がヒュッと息を呑んだ。アルクーシャは何も言わず胃をおさえた。隣に立っていたマリーチェ・クルメッカはそんな彼に慣れた手つきで胃薬を渡した。


「あたくしとの決闘を!!ほったらかしにして消えた!!シトラ!!!!」


彼女の足元からピシッと音がし、床がたちまち氷におおわれていく。

彼女の体から魔力が一気に放出された。

その刹那、この部屋の魔術師たちが彼女をおさえるためだけに彼女に使える人間がそもそも少ない高等魔法をぶっ放す。「うおおお、おやめください団長」「気を確かに!」「あぁ未手続のサァマン山脈の書類がー!」「俺の未発表の論文がぁあああ!!」


「シトラぁあああああああ!!!!!」


風魔法で宙に舞い、火魔法で燃えカスになっていく重要書類を「あぁ、あぁ」となすすべもなくアルクーシャは見つめていた。


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