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「ねえお兄さん、ボクなんか掃除とかしよっかあ?」

「………………」

「やったことないけど、僕結構器用だしできると思うんだよね!」

「絶対するな」


わーったよ。わかったからそのお美しいお顔を歪ませて睨まないで欲しい。攻撃力高いんだよソレ。




名前を聞いても答えてくれなかった彼を、勝手ながらお兄さんと呼ぶことにした。

ついでに減ったクソな敬語が逆に失礼だから敬語なしでイイ?と聞いたら無言で小さく頷かれたので、遠慮なくため口で行かせてもらうね。


お兄さんはとても嫌そうな顔をしながらも、ボクが泣きだす3秒前みたいなテンションで必死に懇願したら日が昇るまでならこの家に居させてくれるというのだ。ホントにいい人だよね!

そもそもフェンリルから助けてくれ、気を失っていたボクを見捨てることなく安全な場所で目覚めるまで待っていてくれたっていう時点で、ボクの中の彼の好感度は天井をブチ抜いてるよ!!

いやこれ割とガチの話である。


知らねぇ草や難しそうな本が乱雑に置かれているテーブルで、紫の液体をガラス棒で混ぜているお兄さんに僕は遠慮なく話しかけていく。終始無視されてるけどね。


「お兄さんって一見魔術師の人っぽいけど、どういうの専門にやってるの?」

「………………」

「ボク昔からずっと式典の時とか、認識阻害の魔術?がかかってるっぽい目薬させられてたんだけど、あれって魔術だとどういう括りのものなの?」

「………………」

「ボクそうゆうのよくわかんないんだけどねぇ、あっ、でも黒魔術は見たことあるよ。あれとてもカッコイイよね!!」



「……………認識阻害の魔術は黒魔術で三級程度のモノだよ」


!!


喋った!!


「基礎的な術式さえきちんと押さえていればできる簡単な魔術だ」

「きっ基礎的な術式ってなに?」

「国立の魔法学校の入学試験の実技を合格するのに必要とされる、極めて簡単な六つの魔法陣だ」

「なにそれなにそれ面白そう」


「…………吸収、放出、生成、分解、合成、複製」


お兄さんの手の上に水の球体が現れ、彼が単語を発するごとにそれはぐにゃりと姿を変えた。


「この基礎的な術式を計9個組み合わせて出力したものが認識阻害の魔術だ」


水の球体だったものが、彼の手の上で見たことのあるような薄いオレンジの液体になった。

お兄さんはそれをガラスの小瓶に移し、ポイッとこちらに投げてきた。


「うお!あっぶね…………これってボクがつけさせられてた目薬…………?」

「……………」


天井からつるされているランプの光に照らしてみると確かに見覚えがある色をしていた。

いや違うな?なんかこっちのがキラキラしてんぞ。ふわふわ金色の光が液体の中で舞っている。


「ボクがつけてたやつには金色のキラキラ入ってなかったけど、なにか違うの?」

「………………」

「えっ、つけてみてもいい?」


また頷かれた。

無口な人なんだなぁ。


目をガン開いてぽたりと水滴を落とす。ひんやりとした感覚の後、一瞬だけ視界が明るくなった。


「あれ、いつもと変わらない」


付けた後、明らかな違和感を感じた。


「………なにか変か」

「いや、ボクがつけてたやつはちょっと視界に薄くフィルターみたいなのが掛かってたのよ。あー、一時的に視力が弱くなるような感じ?」

「作った魔術師の腕が悪い。粗悪品だね」


きっぱり言い捨てた彼を二度見した。

ウソぉ、ボクは一応王妃候補だぞ。各方面から嫌われていたとはいえ粗悪品なんて渡されるか?

うちの王宮にも宮廷魔導士は少ないがいる。その人たちの中でも一番優れた魔術師が作ったと言って教育係はボクに渡してきたのだ。教育係の言った一番優れている、というのは、年功序列の思想が根強い我が国基準で考えると、おそらく一番年上の魔術師が作ったのだろう。オーフェンの宮廷魔術師は最高年齢が69歳だ。

あれぇ、お兄さんはぱっと見10代後半から20代前半くらいにみえるんだけど。


ふと、脳裏に一つの考えがよぎった。


「ねぇお兄さんってさ」


またガラス棒でフラスコの液体を混ぜている背中に話しかけた。


「実はめちゃくちゃ凄い人なんじゃないの?」

「………………」

「あぁ、気を悪くしたならごめんなさい。でもボクの知識が正しければ普通フェンリルなんて………………


………………あれ、フェンリルは?」


ゆっくりと、ボクに振り向いた彼の瞳と、ぱちりと目線が重なった。



「ねぇ暗いよ!!絶対魔物でてくるよねコレ!!あと普通に寒いよ!!」

「…………」

「寒い!!すごく寒い!!!」

「煩い」

「わかった、静かにするよ!!」


それはそうとすごく寒い!!今何時だよ。秋の夜って本来こんなに寒いのね。貴族の分厚いドレスがあれほど防寒に適しているとは知らなかった。


「よくこんなに暗いのにお兄さん道分かるよね。猫ちゃんなのかな」

「静かにしてるんじゃなかったのか」

「すみませんでしたあ」


むぅ、話すなと言われるとなんだかムズムズするぞ。今まで王妃モードだった時はこんなことなかったのになぁ。まぁボクが自分から積極的に話しかけに行く相手もいなかったけど!


閑話休題。


今ボクはお兄さんがフェンリルの死体を回収するのにかついていってる。

ボクを家まで運んだあと、死体を回収するのを忘れていたそうだ。

ついてこいとは言われなかったが、一人で静かな家の中にいるのはちょっぴり怖かったので勝手についてかせてもらう。へへへ。


予想していたけど、やっぱりお兄さんはフェンリルを殺したんだね。

そうだろうなとは思っていたけれど、聞いた直後、ボクでも少し口角がヒクッ、と動いた。


フェンリルは神話級の魔獣である。

主に北の大国、ウィルディネに生息すると言われており、実際にウィルディネではフェンリルを信仰している人間が多い。

昔の話だ、元々極めて数が少ないフェンリルも、数百年に一度の繁殖期で微々たる数ではあるが数が増えた時期があり、一頭、人里に降りてきたことがあるらしい。

流石に人里に降りてきてもらっちゃ困るので、その国の兵500名ほどが派遣された。

フェンリルを駆除するために。

が、生き残った者はたったの18名だった。

フェンリルは兵を殺した後、飽きた様に森に帰ったのだという。


百年前の実話である。


ま、なにが言いたいのかというと、百年経ってるから物凄い勢いで魔法技術が進歩したとしても、一人で倒すのはキッツい、はずなんだけど。



歩みを止めたお兄さんの目線の先を見ると、月明かりに照らされたフェンリルの死体があった。


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