4
その娘は、生まれてしまった。
生まれてしまったのだという、誰一人望んじゃいなかったのに。
ただ、王と妾の子というだけで、その子の行く末に光などないことは明白であった。
しかし転機は訪れた。
それも、おぞましく残酷な形で。
他国からやってきた魔術師が、人の目に当たらないよう閉じ込められていた娘を憐れんで、彼の得意な、血液を使った、傍から見たらとても不気味な黒魔術をその少女に宿したのだ。
偶々、いや運命だったのかもしれない。
その黒魔術はその血の本来あるべき場所を示すものだった。
少女の瞳はぼんやりと、数百年前のおとぎ話の中の、聖女のモノへと色を変えたのだ。
あぁ、王家に伝わる伝承の、その瞳のなんたる美しいこと。
黄金の瞳、オゥロ。
その日から、齢6の幼い少女の運命の歯車は少しずつ狂い始めた。
・・・
とても昔の夢を見ていた気がする。
「あうちっ」
意識が弾けるように覚醒し、同時に身体もぴょんと飛び上がった。
ギシッとスプリングがオゥロの体重をうけて鳴った。
五感が段々鮮明になり、ツンッとしたハーブの香りが鼻腔をくすぐった。
どういうことだ、記憶はフェンリルが顔の前で口を大きく開けた瞬間に途切れている。おそらくボクは気絶したんだろう。あれ、気絶してたらそのまま食われてるはずだよね。
ほっぺたをつねってみた。ちゃんと痛いってことは、ボクは今生きてる!
………誰かが、………おそらくこの家の人がボクを助けてくれたんだ。
「ど、どなたかいますかっー?」
寝ていたベッドから降りて、部屋の中を見回した。
奇妙な色の液体が詰められた硝子の小瓶や、青や紫の干し草が棚や壁に置かれたり吊るされたりしてる、まるで魔女でも住んでいそうな家だ。
「あのー!!助けてくれてありがとうございますー!!!助けて下さらなかったら!!死んでました!」
「煩い」
パッと声がした右側を向いた。
――その、一つ言わせてもらっていいかな。
いきなりのなんの話だと思うかもしれないけど、ボクは結構、ホントに美少女なんだよ。
ボクを産んだ女は平民から美貌一つで貴族の養女となり、国王に気に入られて公妾となったくらい爆イケな美女なんだ。
で、なんやかんやあって生まれてきてしまったボクも母親の血を存分に受け継いでおり、花のような美少女なんだよ!……ラフレシアとかじゃないよ!
そんなボクでもだ、脳みそを直でぶん殴られるような衝撃を受けた。
新雪のような色を感じない髪が、赤糸で無造作にまとめられているのがなんて艶やかなんだろう。
長い睫毛が縁取る紺の瞳に、きめ細やかな肌。
「いっっっ」
けめんだ!!!!
あああっ!!この人っ、とんでもなく美形だ!!!生まれて初めて見たよこんなに綺麗な人!!
「………………」
ボクが奇声を発した瞬間、眉間に物凄くしわを寄せてイケメンは不機嫌になった。
あっ、そうだよねっ、助けて下さった方に対してまず最初に言う言葉が違うよね!!
ええと、こういう時になんて言えば良いんだろうか、そうだ、きちんと、きちんと、感謝を伝えないと、
「魔物にに襲われていた私を助けて下さり、有難うございます。貴方がいなければ、私は今頃フェンリルの腹の中でしたわ。貴方は私の命の恩人です。深謝いたします」
「………………」
「………………」
あっ、やっべぇ、王妃としての謝罪しか習ってないからわからないのだけど、もしかしたらこれは謝罪としては失礼なのかもしれない。
スカートの裾をつまんで片足を後ろに下げ、膝を少し曲げる。頭も下げている。
教育係よ。これでいいのか。土下座の方がいいんじゃないか。もしくは五体投地。
「今更取り繕おうとするな、俺は君が奇声をあげながら原初的な方法で火をおこしていたのを見ていた」
「えっ」
「オゥロ・ツーリエ公爵令嬢」
「おえっ」
なっ、コイツ、ボクのことを知ってやがる!!
というかボクが死ぬ気で火起こししてたの見てたのかよ。恥ずかしっ!!
「今はツーリエじゃなくって、その、いや、………………え、もしかしてボクの話、もうツァヴァ―トに伝わってるんですか?」
「…………君のことはこの国で話題になっていないよ」
「えっ、じゃあどうしてアナタはボクのことを知ってるの?………ですか?」
「………………その目立つ髪と、イメウ教の伝承の聖女と同じ黄金の瞳は、オーフェンの次期王妃、オゥロ・ツーリエ公爵令嬢しかいないだろう」
イケメンは面倒くさそうにこめかみを抑えて言った。
ウソ、やっだぁー、そんなにボクわかりやすい?もしかして服屋のオバチャンにもバレちゃってたりすんのかな。そんな素振りなかったけど。街中でフード被っておいてホント良かった。
にしても、まだ伝わっていないのか。でも時間の問題だよね。やっぱり髪は切って染めたりしないと駄目だね。
「起きたなら早く出て行け」
「ファッ?!」
えっ、この人なにを………………待って待って、いったん落ち着け。
先程まで寝かせてもらっていたベッドの横の窓を見る。わあ、お外真っ暗。
「あの、今って何時?………………ですか?」
「1時だ。出て行け」
「無理無理無理無理、ごめんなさいお金払うので、端っこで正座してるのでここにいさせてください、真っ暗な森とか無理だよ!!また魔獣が出たら次こそボク死んじゃうよ!!」
「フェンリル以外は低級の魔物しか生息していない。出て行け」
「嫌だァ!!ボク魔法使えないもん!!お願いです、持ち金全部渡すのでここに居させて!ください!」
「………………魔法が、使えない??」
ギャンギャン喚く僕を信じられないとでも言いたそうな顔でみる彼。
「基礎魔法は?」
「使えない…です」
「魔力の操作は?」
「できないよ。…です!」
「君、なんなんだ?」
「オゥロだよ!!………オゥロです!!」
ああクソ!素で敬語使うの難しいな!!命の恩人だから下手な言葉遣いはしたくないんだけどなあ!!
彼は頭を押さえて俯いて、二分ほど経ってボクに目を合わせて言った。