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着てたドレス、50万クレフだって。
服屋のオバチャンに「うちじゃなくっていいとこだったらもっと高く買い取れたかもしれんねー」と言われた。これまた優しいオバチャンで、貴金属を買い取ってくれるお店の場所を聞いたら、きゃいきゃい教えてくれた。
オバチャンは僕が着ていたドレスをうっとり眺めて言った。
「商会の娘さんでも買えないくらい上質なシルクだねぇ、こんないい布、滅多にお目にかかれないよ」
「へっ、へぇー」
そんなもんなんだ。
ボク、毎回夜会ごとにドレス変えてたから気づかなかったけど、もしかして今まで着てきた夜会用のドレスってメイドが捨ててなかったっけ。いやぁ、そういうものなんだと思って気にしなかったなぁ。
………………無知とは罪である。
オバチャンにアクセサリー類やお金をしまう腰につけるバックをおまけでもらって、売ってた中で一番肌触りの好さそうなワンピースを購入した。
目立つ髪を隠すためにフード付きのポンチョと、動きやすそうな靴もついでに。
ワンピースとポンチョ、それと靴は合計16000クレフだった。
残金、48万4000クレフ。
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店を出ると、外の世界に思わず驚愕した。
ふよふよと宙を浮く酒瓶。キラキラと星屑のように輝く、自ら光を発しているようなワンピースを着た女性。女児が遊ぶような人形が生きているようにくるくると躍っている大道芸。
「うわぁーー!!!」
流石は魔法国家ツァヴァ―ト。
魔術の生まれし地として名を轟かすこの大国の、その国境沿いの町となればこのような心躍る光景も、もしかしたら日常風景なのかもしれない。
ボクだって魔法を見ることはよくある方だった。
そりゃまぁ、妃教育として離宮に隔離されていたとしても、一応上級貴族ですし。
窓から騎士団の訓練とかで使われる炎魔法だったり、氷魔法だったり、その程度ならよく目にしていた。
うちみたいな、小国の犬となることを選ぶ魔術師なんてほぼいないので、わが国の軍には魔術があまり浸透していない。だからどちらかと言えば兵士の戦闘は剣などを使う武術が一般的だったのだ。
なにが言いたいのかって言うと、こんな!!道を行く人が!!ボクが生まれて初めて見るような魔法やら魔術やらを!!当たり前のように使っているのが!!心の底から興奮する!!!!
「まじエキサイティン!!!」
うっひょー!!
ドレスを売っぱらったことで随分身軽になった自身にもテンションが上がり、不格好にもスキップしながら見知らぬ大地を踏み出した。
迷った。
あれれ、ボクってばもしかして方向音痴??
冷や汗を垂らしながら木陰の切り株に座った。
さっきまで人の往来でにぎわう町にいたのに、城では見たことなかった猫という生物を見てテンションがブチ上がり、全力で追いかけたら気が付いたら森の中である。
猫を見失いふと興奮が冷めたら、目の前の状況に頭が真っ白になった。
いやぁ、見知らぬ土地ではしゃぎすぎて森の中で迷子になるとか、生きるの下手くそすぎやしないか。
「ボクが悪かったです神様!!どうか先程の町の中にワープさせてください!!お願いします!!」
膝をついて両手を天に掲げる。
ボクは聖女じゃないし、そもそも聖職者じゃない。だけれど、悪事を働いたことは無いし、神様もちょっとは気に入るくらいの善行は積んできたつもりである。なによりボクは処女ですよ。神様って純血の乙女好きでしょ?
ここまで運命に弄ばれてきたんだから、ここいらでちょっと救ってくれてもいいのでは?!
ねっ?!神様、ねっ?!
ビュゥゥと風がフードを揺らした。
どうやら神はいないらしい。
「はてどうしたものか」
取り敢えず歩いてみるか?いや、どっちになにがあるのかも分からないのに歩くのは馬鹿よね。そう、その場のノリで行動するなんて馬鹿のすることだ、うん。そう、馬鹿のスルコト………………。
取り敢えず火をおこそう。
今の季節は秋だ。乾燥してるしそこら辺に落ちている小枝を集めて焚き火ができる。焚き火をすれば暖がとれるし火に獣もよって来ないはず。
えっ、どうやって火をおこすかって?
「うおおおお草草草草ァ!!!」
オゥロちゃんのドキドキ☆アドベンチャー!~火起こし編~
①いい感じの枯れ草を集める(乾いた樹皮を細かく砕いたものでも可)
わずかな火種を大きくして、立派な火に育てるために燃えやすいものを用意します。
「うおおおおお枝枝枝枝ァ!!!」
②火種の受け皿となるものを用意(枯れ枝や枯れ葉、薄い石などを使う)
大掛かりでなくてもいいので、風が防げ、火が持続できるような簡単なかまどを作りましょう。
中心には木の枝と枯れ葉などをぶち込んでおきましょうね!
「どっこいしょお!!!」
③火きり板と火きり棒を用意
運よくそこら辺に落ちていた10〜15mmくらいの板を火きり板として使います。
火きり棒は太さ10〜15mmくらいのそこら辺に落ちてる枝で大丈夫です。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」
④あとは根性です。板の上に①を置いて、全力で火きり棒で擦ります。バチボコにしばきしょう。
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2時間くらい経っただろうか。
服の汚れなど気にする余裕なく、地面に倒れ込んだ。
「でき………………た、ぞ」
パチパチと足元で弾けている火の粉の音になぜか涙腺が刺激される。
はぁ、ボクが魔法使えたら一瞬なんだけどな。将来国王を一番容易く暗殺できてしまうからっていう理由で、魔法は一切教えられなかった。基礎的なものでさえだ。
なぜ、こんな魔法大国の片隅でサバイバルしないといけないんだよお。
疲れ切った体に鞭をうって体を起こすと、ガサッと背後で草木をかき分けたような音がした。
「え」
振り向いた瞬間、死を覚悟した。
お生憎様、こんな状況下で笑える程イカレてないので、その黒一色のまんまるの瞳に映ったボクはおみごと絶望した表情だった。
これでも頭は回る方なんだ。
過去三百年の5大陸の王族の歴史丸暗記できるほどには記憶力もあったし、あくどい貴族たちのよく回る舌にも最適な回答がその場その場で紡ぎだせるほどには臨機応変な対応力には自信がある。
だがこれは無理。
どう考えても無理だった。
フェンリルなんて、誰が神話級の化け物よこせっつったよ。