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夜遅くだというのに国境沿いを走る、やけにうるさい馬車があったとさ。
「嫌だァァァァァ!!なんでボクが国外追放なんだよふっざけんなあ!!」
「嬢ちゃん、元気だねぇ」
ボクの名前はオゥロ!ツーリエっていう大貴族のファミリーネームがあったけどもう名乗れないよ!
昨日まで将来は王妃になるはずだったのだけど、第一王位継承権を持つクソ馬鹿とその一味になぜか糾弾され、見事婚約破棄&国外追放になった憐れな美少女17歳だよ!!
あのクソどもが将来国を動かす権力者になると考えると世も末だね!!
パーティーを途中で抜け出し家に帰った後、クソジジィに二度とツーリエを名乗るなと言われて屋敷を追い出され、箪笥の奥に大切に仕舞ってあったへそくりを取り出す暇さえなく身一つで麓の町まで走り、深夜営業をしている御者のおっちゃんに泣きついて馬車を国外まで走らせてもらっている。←now!
「うわぁぁぁん!!あいつらいつか絶対復讐してやる!今から黒魔術磨いてやる!ねぇおっちゃん、ボクに魔術の才能あると思う?生まれてこのかた、礼儀作法とか座学しかやったことないんだけど」
「さぁねぇ、嬢ちゃん別嬪さんだから、魔術を学ばなくってもなんとか生きていけるんじゃないかい?」
「やっだー、照れちゃう、………身でも売れってか畜生!!うわぁぁぁん!!」
「そうは言ってないよー」
のほほんとした口調の人の良いおっちゃんに背を向け、真面目に今後のことを考える。
ボクは王妃、国母になるべくして育てられてきたのだ。
生まれてから今まで、それこそ人格すら矯正されて。
一人称もあの瞬間まで私だった。ボクが人前で自分のことを『ボク』と言ったのはただ一人の例外を除いて昨日が最初である。
国のために、将来夫となるクソ王子のために、彼の最高の臣下であれと。
いや、ふざけるな。なんだよそれ。
いま思い返すとボクを人間として見ていなかった反ツーリエ派のあの教育係の横っ面を引っぱたきたい衝動に駆られるが、唇を噛みしめて耐えた。
ボクは王妃になるための教育しか受けたことがない。
つまり一般教養くらいは余裕だが、生活に必要な能力とかそういうのないのだ。
だって決定してる将来の職業が王妃様だよ、王妃様が家事とかするか?しないよね。出来ても刺繍程度である。
とにかく今まさに向かっている隣国で取り敢えず生きていくわけになるが、昨日の話がもう隣国まで伝わっていたらボクは詰んでしまう。
今後『王子の愛する人を虐めたので婚約破棄されて国外追放された女』なんて嘘っぱちのレッテルを張られて過ごさないといけないなんて勘弁してほしい。
つかなんだよ、あのゆるふわ女子を虐めた?このボクが?ざけんなボケカスあんな女、顔も見たことねーよバーカバーカ。
悪態はほどほどにしておいて、聞き手によっては酷いこと言うけど男爵令嬢一人虐めたくらいでボクみたいな王家の血をひく一応上級貴族の最有力国母候補が失脚するはずないのだ。
普通はね。ふつう、はね??
まさかあのカス王子があんな公の場で婚約破棄するなんて、流石に考えなかった。
「はっっっああああ」
溜息しか出ない。
確かにあるよ、妃教育で習った、覚えてる、過去に特例で殺人を犯した国母候補を王子がその場で婚約破棄し断罪したっていう話が200年くらい前にあったはずだ。
冤罪で婚約破棄され国外追放っていうのは事例がないと思いますがね。へへ。
あー、イヤイヤ。きっと息子大好きな国王のボケカスは昨日の話を脚色しまくって世間様に垂れ流すんだろうな。
確かにボクは人様に誇れるほどできた人間ではない。
昨日の夜会だって、もう少しやりようはあっただろう。堪忍袋の緒が切れてあんないかれたことをした挙句、意地になって強キャラムーブで堂々と退出したが、あれだけ暴れたらもう繕うことはむりだ。
というか本当に国外追放されたからといって、それだけで済むとは思えないのだ。
オーフェンは決して、ボクを自由にさせようとしないはず、近いうちにきっと追っ手を放ってくるだろう。やだね、せっかく自由になったんだから逃げきってやる。
「嬢ちゃん、もうすぐ国境だ」
「え、本当?…………ごめん、おっちゃん、夜遅いのに無理言って走らせてもらって」
「いいんだよ、訳アリなんだろう」
いいはずがないのに、このおっちゃんはなかなかの人格者だ。
こういう人が貴族やったらいいのにねぇ。上の連中はなんでああもカスしかいないのか。
「本当にありがとうございます、あなたと出会えたことに感謝を」
せめてもの例として、骨の髄まで仕込まれた完璧なカーテシーを。
ネックレスや指輪、髪にぶっ刺さっている金になりそうなもの、すべておっちゃんに渡したら、これから困ったときにないと大変だろうと言って半分以上返された。
「頑張って生きるんだよ、嬢ちゃん、もし魔術を習いたいのなら、この国は世界最大の魔法国家だ。大きい街ならそこら中に力のある魔術師がいる。ここ程学ぶのにいい国はないよ」
「ありがと、でもボク、まず働く場所を探さないと」
「人の良い魔術師なら、嬢ちゃんに魔術の才能があれば、住み込みで弟子にしてくれるかもしれない」
どうやらおっちゃん、さっきボクが黒魔術でクソ王子を呪い殺してやるとか言ってたのを真面目に考えてくれてるみたいだ。
「はは、………うん、そうだね、探してみるよ魔術師。頑張るよ、ボク」
腹の底が熱くなった。
もう一度礼を言って、頑張ってくれた馬たちにも頭を下げ、手を振っておっちゃんと別れた。
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「さてと、取り敢えず入国完了したね」
身一つのボクを怪しむようにじろじろ見てきた入国審査官にはヒヤッとしたが、血液を採られて罪人ではないと確認されたので一応入国できた。
一度罪を犯した者は刑務所で血液に特定の魔素を注入される。
罪の重さによってそれの種類は異なるが、どれも健康に害はない。
血液を採って、特殊な石の上に垂らすと魔素の量で石が光り、罪人かどうかわかるのだ。
この国は移民に寛容な国として有名と知識として知っていたが、今回実際に身をもってわかった。
というか、審査官に止められなかったということはボクが国外追放されたっていう話はまだ知れ渡っていないってことでいいのかな。
さて、これからどうしよう。
今は早朝である。取り敢えず金品を少し換金してこようか。
まずドレスの裾を掴む。
色々あったのでボロボロだが、売れば高い値が付きそうだ。
このドレスだと目立つし、服屋で着替えよう。
次にながったらしい髪をつまんだ。
うっとうしい、派手だし珍しい髪色だ。切ろう。
徹底的に、元王妃候補、オゥロ・ツーリエでなくならなくては。
ボクはただのオゥロ。
元々、ふりっふりのドレスも、ゴテゴテの装飾品も趣味じゃない。
ないったらない。
なぜかじんわり、目の奥が痛くなった。