11
「無理っすセンセ―、魔力とか一ミリも感じねぇっす」
「………………」
今ボクはお兄さんに腕に手をかざされ、皮膚の上に魔力を流されている。
流されているらしい。くすぐったくもかゆくもない、なにも感じない。
ねぇこれホントに流れてんの?お兄さんホントに魔力流してる?
お兄さんは氷のように冷たい目でボクに言い放った。
「…………素質が無いからあきらめた方がいい」
あ、はい。
・
「ハンッ!そんなんで諦めるオゥロちゃんじゃないのさっ!」
この町で一番大きい図書館から借りてきた魔導書、歴史書15冊をダンっと机の上に置いた。
古い机が軋んだ。やべ、借りものだから壊さないようにしないと。
この季節になると、ツァヴァ―トのいろんな地方から国家魔術師志望の人が試験を受けに来るらしく、基本的にどの宿屋もありがたいことに長期間部屋を借りることができるようになっていた。
お兄さんはボクの隣の部屋を借りている。
もともと住んでたあの家からなにも持ってこずにボクと来てしまったお兄さんをずっと心配していたのだが、あの森の家からお兄さんは自分の魔力が馴染んでいるモノなら転送できるらしい。
昨日からずっと隣の部屋に引きこもっている。きっと魔導書を読んでいるか、魔術の研究をしているんだろう。
さてボクはどうしてここまでして国家魔術師試験を受けようとしているのかというと。
いや、わかってるよ。流石にお兄さんに素質ない判定されたからわかってるよ、ボクに魔術師としての才能がないことくらいわかってるよ!!
ボクだって出来れば受けたくない。元々受けようとしていたのは文官の試験だ。ボクは文官になって宮廷内でバチクソ出世する計画を立ててたのだ。
この国は有能な人材なら、移民などでも国の内部で働くことができるのである。
でも、ほらボク、国際指名手配犯になっちゃったからさ、文官試験が受けれなくなったのだ。
前科者は受けちゃ駄目って書いてあった。いや前科どころかなう手配犯ですけど。
しかし、国家魔術師試験は文官試験とは全然違う。
何度でも言うが、この国は魔法大国であり、その二つ名に誇りとプライドを持っている。
過去の経歴が怪しい人物であろうと、そいつがこの試験を合格したらならば、国家魔術師になれるようになっている。ぶっちゃけ、純ツァヴァ―ト人にこだわって、魔法大国の名が廃る方が問題なのだ。
一応隅々まで調べたが、この試験は国籍、年齢、性別、関係なく、誰であろうと受けることのできる試験と書かれてあった。流石に国際指名手配犯が受験した前例はなさそうだったが。
勿論お兄さんに魔術を掛けてもらって変装はするので、バレることはないはずだが。
で、お前魔法も使えねーのにどうすんだよ、という話である。
国家魔術師試験は、計六個試験があり、六回とも試験は筆記50点、実技50点の計百点で構成されている。一次二次三次と、次々と合格点が上がっていき、受験者はふるいにかけられ、最終試験で取った結果で受験者の順位がつけられ、上位20名が国家魔術師となる。
ここからが本題だ。
過去のデータを元に計算してみると、国家魔術師となった受験者の六回合計の得点の平均値は、417点である。そして実技はなんと、一次試験、二次試験、三次試験までは、例年変わらず魔獣を倒すことが試験内容だ。
つまり、どういうことかというと。
筆記ですべて満点をとり、一次二次三次の実技でどんな手を使っても魔物を倒せれば合格できる。
我ながらハチャメチャなこと言ってる自覚はあるよ。
これしか手がない、というか、この国でボクが権力を握るには、国家魔術師になる以外で思いつくものが成功率が僅かしかない上に下手したら死んでしまうようなものしかないのだ。
まぁまぁまぁ、任せとけって!ボク暗記科目は得意だから!筆記って7割魔法史らしいから!!
残りの3割は魔法物理学とか魔法薬学とかわけわかんないのらしい。ざけんな●すぞ。
…………正直、命を削る地獄のお勉強になりそうだが、こういうカス的作業は得意である。
自分で言って悲しくなるけど、最近まで人生妃教育っていうクソ作業だったからね。
さぁてと、試験まであと一か月間、頑張って命削るぞ!!
・
「……………国家魔術師試験、か」
シトラ・エーオンはその懐かしい響きをこころのなかで反芻した。同時に苦い記憶が蘇る。
読んでいた魔導書を閉じ、こめかみを抑えて椅子の背もたれにもたれ掛かった。
瞼を閉じて、脳裏に浮かんだのは隣の部屋に昨日から籠って出てこない彼女、オゥロだった。
一度だけ過去に、遠目から彼女の姿を見たことがある。
魔法学校に通っていたころの話である。隣国の王太子とその婚約者がこの国を訪問ついでに視察に来るとのことで、その日の学園はかなり警備が厳しかったのを覚えている。
興味はなかったし、外がうるさいのでその日は一日中寮の部屋に引きこもろうとしたのだが、妙に自分を気に掛けてくる女の先輩が、将来国家魔術師にお前はなるのだから顔くらい覚えておけと無理やり見物人の中に投げ入れられた。
王太子と婚約者は、歳が7つほど離れてそうだった。
王太子よりも、その三歩後ろを歩く婚約者の少女に目がいった。
大人びていた。無表情に綺麗な容姿も相まって人形のようだった。今まで見たことのない髪色が、彼女から俗らしさを消していた。
ただ、そんなことよりも彼女の瞳に掛かっている認識阻害の魔術が魔法学校の生徒としては気になった。
『…………へったくそな魔法薬』
この距離からでも解除できそうなお粗末な魔術だった。
自分らしくないが、思わず口からこぼしてしまった。
呟いた瞬間、少女の瞳が自分にむけられた。
たまたま視線の先に自分がいただけなのだろうか、動揺した。固まって動けなくなった自分は、傍から見たらさぞ滑稽だったことだろう。
案の定、何事もなくふい、と目を逸らされ、彼女はそのまま王太子の後を歩いていった。
再び彼女が、今度は自分の前に姿を現したとき、あまりに昔見た姿と違いすぎて少々戸惑った。
傲慢で自信に満ち溢れており、とにかくうっとおしかった。
毎日家に押しかけてくる。無言でいても勝手に話しはじめる。
彼女は、自分を守ってくれと俺に言った。
なんだかんだ少し絆されてしまったので、彼女の提案を呑んで今こうして彼女と旅をしているのだが、一昨日彼女は国家魔術師試験を受けるなんて世迷言を言い出した。
魔力も感じられない人間がどうやって合格するつもりなのか。ハッキリ言って無謀だと伝えても彼女は意味ありげに微笑んで「まぁ見てなよ。ボクは結構すごいんだ」とウィンクを飛ばした。
それが一昨日の出来事である。
「………………」
…………隣の部屋に様子でも見にいってみようか。暇だし。
部屋から出て、彼女の部屋の扉をノックした。………返事がない。
もう一度ノックをしてみたが、反応がない。
「入るよ」
そう言って、数秒まってからドアノブに手をかけた。
少しだけ扉を開いて、隙間から部屋の様子を窺った。
「は、」
文字を書きなぐった紙が、床一面に広がっていた。カリカリと、走るペンがこの部屋の唯一の音である。
彼女はこちらの様子に気づく様子もなく、窓際の机でなにかを呟きながら魔導書を見て紙に書いていた。
床に落ちている紙に目をやると、自分にはその内容が分かった。これは中級魔術の術式の応用だ。
ゆっくり、扉を閉める。
「………………」
あれはなんだ、別人か?森で木を擦って火をおこしていた人物とは思えなかった。
深く息を吐きだし、頭を抑えた。
彼女の考えていることが分かった気がする。本気で彼女は試験を合格しようとしているのだ。
正気ではない。正気ではないが、
『お兄さんはボクの人生で、今、最も信用できる人なんだ』
………………せめて、実技の一助くらいしてやろう。