7 サソリの紋章
白河琉未菜は夜半、はっとして目を覚ました。自分は冷え切った布団の中ですやすやと眠りこけていたらしく、部屋にはわずかな灯りが見えているばかりであった。自分の呼吸のか細い音だけが聞こえている。
(妙な気配が……)
琉未菜は、掛け布団を頭に被るようにして、仰向けから横向きにごろりと姿勢を変え、その実、片耳をそば立てていた。
(足音が聞こえる……)
廊下から伝わってくる静かな足音。それはまるで、人に気づかれまいとわざと忍び足にしているかのような慎重な足取りを思わせた。
その足音が、琉未菜の部屋の前で、ぴたりと立ち止まったのである。
そして、ゆっくりと鍵のつまみが回転し、ノブが掴まれて、押し下げられて、ドアが開かれてゆくのを感じた。
(えっ……。これってもしかして……)
琉未菜はゾーッと背筋が一気に冷たくなるのを感じた。
琉未菜は、恐怖のあまり、立ち上がることも出来ずに布団の中に隠れていた。その足音の主は、黒塗りの景色の中でも、ひとりの人間の形をしていることを感じさせた。そして琉未菜のベッドに近づくと、大きな手のひらと思しきものを、琉未菜の腹のあるあたりに押しつけた。
(大きな手だ。まるで、プロレスラーのような……)
琉未菜は、呼吸の乱れを隠すのに必死であった。もし起きているのが気付かれたら殺されてしまうと思ったのだった。
しかしその人影は、その場から離れると、奥側の壁に近づいて、なにか夢中になって作業をしているのだった。
そして、そのまま、ドアを開くと部屋から出て行ってしまった。
琉未菜は、しばらく体がこわばって、身動きが取れずにいたが、意を決して、立ち上がり、ランプ型の電灯をつけて、ベッドから飛び降りた。
(な、なに、今の人……!?)
琉未菜が目を覚まして、すぐさま、驚愕したことは……まず、自分の腹のあたりに手のようなものを押し当てられた、掛け布団の該当の箇所には、大男のものと思われる鮮血の手形が残されていたのである。
(大男の手形……!)
琉未菜は、ぎょっとして叫び声を上げそうになった。
そして、琉未菜が、ふらついた足取りでベッドから離れ、くるりと振り返ると、目の前の白壁には、サソリが描かれた紋章が、判子で押しつけたように、くっきりと残されていたのである。
(サソリの紋章……!?)
琉未菜は、その禍々しい紋章を目にして、恐怖のあまり、血を噴き出さんばかりの壮絶な叫び声を上げたのであった。
作者からここで伝えておかねばならぬことがある。この時点で、すでに多くの読者は騙されている。