6 毒殺魔サソリ男
生首コレクターの奇術師が、ノートを前に悩んでいると、サソリ男という毒殺魔が背後から近づいてきた。
「生首コレクターさん。まだ悩んでいるのですか?」
「ほっといてくれよ。俺は、殺人予告状を既に送ってしまったんだ。近いうちになんらかの形で不可能犯罪を決行しなければならない。時間がないんだ……」
「あのトリックじゃ駄目なんですか。大砲で、尖塔の窓に死体を撃ち込むとかいう……」
「歴史展示室の鍵が開かない。大砲が手に入らない……。それに冷凍庫にだって鍵がないと入れないんだ」
「鍵くらい盗めばいいじゃないですか……」
「鍵を盗めば、防犯カメラに映って足がつく……。俺が生首コレクターだということがわかってしまうんだ……」
「ふむ」
サソリ男は、些細なことのように思えて仕方がなかった。
「それにだな、歴史展示室にある、110ポンドアームストロング砲は、口径が、177.8 mmということだった。死体の部位を埋め込んだ氷のボールの直径は、これに対応したものにしなければならない。つまり死体をバラバラにしたとして、各部位を18センチ以下の長さに抑えなけらばならない。人間の頭部をそこまで粉砕できると思うか……」
「できないとも言えないでしょう。歴史展示室にはギロチンもあることだし……。ただ、そこまでゆくとバラバラ死体というより、もはやコナゴナ死体ですが……。それにあなたは「生首コレクターの奇術師」を名乗っているのだから、頭部は別に現場に撃ち込まなくてもいいではありませんか。その方が、生首が盗まれたように見えるから、トリックとしては美しくなるはずです」
「それはそうかもしれない。だが、このトリック、110ポンドアームストロング砲を盗み出すことからして、実現不可能なように思えてきてしまったんだ。第一、そんな大砲を昼間でも夜中でも、何十発も砲撃したら、音も凄まじいだろうし、誰かが気がつくのじゃないか……?」
「まあ、頑張ることですよ」
「呑気だな。毒殺犯はどうにだって形になるからいいよなあ……」
そう言われてみると、サソリ男はわずかにムッとする思いだった。
「毒殺は美学です。密室犯罪のような手品趣味の下品なものとは違う。もっとも深遠な芸術性を持つものなのです……」
「ほう。そんなに美しいものかね。毒殺が」
「鮮血のような赤色のワインに、青酸カリのアーモンドの香り……。立食パーティーのさ中、突然、もがき苦しむ一人の男……。誰も近付かずにいたのに、毒はいつ、グラスに忍び込んだのか……」
「馬鹿な。高校には、ワインもないし、立食パーティーも開催されんさ」
サソリ男は、この言葉ですっかり、生首コレクターの奇術師のことが嫌いになった。
「青蓮院行彦は、どうします?」
「地下牢の中だろう。まあ、まだしばらく、あのままにしてやれ……」
「ええ……」
そして、サソリ男は、踵を返すと牢獄のような冷たい廊下を歩いていった。そこは巨大な迷路となっていた。呪文を唱えて、ひとつの部屋に入ると、そこは学園の防犯カメラの映像を映し出すモニターがいくつも並んでいる土蔵のような部屋だった。
(生首コレクターの奇術師め……。まるでトリックが練り上がる前に見切り発射したミステリ作家のように無様だ……)
サソリ男は、しかし明日の我が身と肝が冷たくなる思いだった。白河琉未菜は伝説の探偵なのだ。焦る余り、中途半端なトリックで挑戦して、逮捕されてしまっては意味がない。ふうとため息をつくと、その部屋を出て、この地底迷宮の大ホールへと向かった。
……会員総出の魔術協奏曲第一番の練習の時間が迫ってきていたのである。