4 魔術協奏曲第一番の謎
翌朝、琉未菜は、学園の授業を受けていた。大学のように単位制だったので、自分が選択した授業を受けるために、教室を移動した。そして薄暗い教室に、先生を招いて、日本文学を学んでいるのだった。
今日の授業は、北原白秋の『邪宗門秘曲』であった。
「われは思ふ、末世の邪宗、切支丹でうすの魔法。黒船の加比丹を、紅毛の不可思議国を、色赤きびいどろを、匂ひ鋭ときあんじやべいいる、南蛮の桟留縞を、はた、阿刺吉……」
先生の詩の朗読を聴いていると、琉未菜は次第に魔法にかかったように眠くなってくる。一体、これは何なのだろう。こんな文章を学校で学んで、どうしようというのだろう……。
(それよりも生首コレクターの魔術師は、本当に出現するのかな……。そしてわたしは探偵としてあの手紙の中で、挑戦されているのだろうか……)
「まみ青きドミニカびとは陀羅尼誦し夢にも語る、禁制の宗門神を、あるはまた、血に染む聖磔くるす、芥子粒を林檎のごとく見すといふ欺罔の器、波羅葦僧の空をも覗く伸び縮む奇なる眼鏡を……」
先生の朗読の声は、感動に咽び泣き、震えているようだった。この異様な雰囲気に、いつも騒がしい教室の生徒たちもしんと静まり返り、まるで悪夢に付き合わされているといった表情を浮かべていた。
(はらいそ……)
琉未菜は、細野晴臣の名曲「はらいそ」を口の中で囁くように歌っていた。
「そこで歌を歌っているのは誰だ。貴様か。白坂琉未菜……」
先生は、ロン毛を振り乱し、低い声で琉未菜を名指しする。
「す、すいません……。ついに他のことを考えていまして……」
「幻想が浮かんだのか……?」
先生は、にやりと笑うと、琉未菜の顔をまじまじと見つめた。
「ハライソのことを考えていたんです。わたしたちにとってのハライソ、すなわち天国とはどこにあるのかと……。すみません。授業に集中します……」
「いや、抱いた疑問は安易に捨てるものではない。それどころか、貴様はその幻想を胸に生きてゆく定めなのだ。諸君の通うこの学園はまさに幻想の城だ。吾輩は今、現実というものがかえってまやかしの如く思えてならない……」
そういうと悩ましげに、先生は教壇に寄りかかった。
「おかしなことばかりだ。この学園にいると気が狂ってしまう。時々、音楽室からあの嘆きのフルートの音色が聴こえてくる夜がある……」
「フルートの音色が……?」
琉未菜は、弾かれたように椅子から立ち上がった。机が鈍い音を響かせて動いた。教室の生徒たちの視線が自分に集まる。
「先生は、魔術協奏曲第一番をご存知ですか?」
琉未菜がその言葉を放った瞬間、先生の目の色は変わり、凄まじい表情で琉未菜を睨みつけたかと思うと、震えた声で……。
「その曲の名を唱える者は……」
教壇から離れると、教室内の生徒に視線を彷徨わせて、先生は鋭い声で、
「今日の授業はこれまで……!」
と言って、扉を開けて出てゆこうとする。
「先生!」
琉未菜が叫んだ。しかしその声が届かぬふりをして、先生は疾風のように廊下に消えていった……。
(間違いない。先生は何かを知っている……!)