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3 女子寮の夜

 琉未菜は、女子寮に戻ると、ポテトチップス九州醤油味の袋を破いて、バリバリと音を立てて咀嚼した。そして漫画本を開いて、尋常ではない速度で読み進めていった。

 それはガストン・ルルー著『オペラ座の怪人』の漫画版で、琉未菜は今度、劇団三毛の舞台を観にゆくので、ストーリーをおさらいしておこうと思っていたのだった。


「ふたりの男に言い寄られる。これはロマンだな……」


 琉未菜は、そう呟きながらも、やはりわたしは青蓮院部長一択だと思った。他の選択肢があれば悩めるのに……とも思ったが、そんな人物がいても、わたしは青蓮院部長……などと自分の一途さを誇りとしている。


 しかし仮面の怪人か……と琉未菜は思った。そんな人物が現れるには、それに相応しい舞台が必要だ。

 東京の池袋や、新宿というわけにはゆくまい。そう考えてみると、この学園はよく似合っていると言えるだろう。西洋風の城郭がそびえているし、キリスト教の礼拝堂も建っている。

(もしも、わたしがミステリ作家なら、この学園で殺人事件を起こさないという選択肢は絶対に選ばないだろう……)


 青森県のりんごジュースを飲みながら、琉未菜はしみじみとそう考えるのだった。


 あの手紙……琉未菜は赤色の手紙のことを思い出した。

 正確には文面が思い出せないけれど、あの手紙は、生首コレクターの魔術師という怪人がこの学園にいることを匂わしていた。

「生首コレクターということは、首狩りをするということ……それはとても恐ろしい話だけど、ちょっと古くさい怪談だね……」


 そんな怪談を本気にする人が現代にいるだろうか……?


 琉未菜は、ぼんやりとした心地で窓の外を眺めた。琉未菜にルームメイトはいなかった。しかし二人用の部屋であったから、ベッドだけはもうひとつ目の前に置かれていた。


 寂しさからか、瑠琉未菜は、ひとりごとが多くなってしまう。


「魔術協奏曲っていうのは、本当にこの学園に伝わっているものらしいね。でも、それって何だろう。なんでそのことを阿李紗は隠そうとするのだろう……」


 答えてくれる相手もいないから、声ばかり虚しく宙を飛び交って、消えていった……。


「なにからなにまでおかしいね。まるでミステリ小説の始まりみたい。でも、変なのは、こんな素人探偵のわたしに予告めいた手紙をよこしてもしょうがないじゃない。ベテランの青蓮院部長の部屋に忍び込ませるのならわかるけど……」


 そうだ、わたしは素人探偵なのだ、と思いながら、琉未菜はポテトチップス九州醤油味を口に放り込む。

 素人探偵に何を期待しているのだろう……?


 そう思うと、琉未菜は笑ってしまう。そして、オペラ座の怪人の漫画をぽんっと閉じると、ベッドに飛び乗った。倒れ込んで弾んだ、という表現が正しいかもしれない。


「そんなにわたしを困らせたい人がいるんだな。もしかしたら、赤い手紙の送り主は、青蓮院部長かもしれない。冗談のわからない堅物なふりして、理解できないような茶目っ気がある人だから、わたしを困らせたくて、こんな手紙を書いたのかもね……」


 そうしたら、青蓮院部長は、女装でもして女子寮に忍び込んだのだろうか……あの部長ならそんなことをしてもおかしくないよな、と琉未菜はフフフと笑ってしまった。


(なんて愛おしい人なんだろ……)


 そうして、笑いが喉元を通り過ぎてゆき、ひとしきりの可笑しさも止むと、琉未菜は静かに天井を見つめていた。


(静かだな……)


 琉未菜は思った。


(部長は急に、どこへ行ってしまったんだろ……)


 瑠未菜は急に寂しくなって、意味もなく、一筋の涙が頬の上を流れた……。

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