アイビーグリーンのマグカップ
換気のために開けた窓からは、早朝だというのに湿った生暖かい風が流れ込んできた。テレビの気象情報では「今日は小暑」と言っていたが、なるほどそうか。
僕は6ヶ月になる娘のオムツを替えながら、耳では今日の天気を聞く。キッチンでは、妻が朝食後の食器を洗っている。
「きゃっ!」
新しいオムツを履かせた娘を抱っこしたときに、妻が悲鳴を上げた。それと同時に、陶器の割れる音。
見れば、「やっちゃった」と言いたげな表情で、妻がばらばらになったマグカップの持ち手を僕に見せた。途端に、僕の胸を貫く痛み。
割れてしまったアイビーグリーンのマグカップは、僕が高校時代から使ってきたもの。妻は知らないが、当時付き合っていた初めての彼女からのプレゼントだった。
「ごめーん……」
妻は申し訳無さそうに、しかし苦笑いしてみせる。僕の胸の痛みも急速に退いて、その後はなんだか清々しいような気持ちにもなった。
「いいよ。いつかは壊れるものだから」
いや、それは壊れるべきものだったと思う。というのも昨夜、友人からのメールで僕の初めての彼女が結婚したことを知ったのだ。
カップは壊れたが、僕には妻と娘がいる。そして僕は、ただ彼女の幸せを祈った。