婚約破棄を取り消すために、あーんをせざるを得なくなった公爵家令嬢(18)
サブタイトルでお察しの通り、甘々です。
豆茶でも青汁でもご用意の上、お楽しみください。
「あぁ……」
身を清め、寝巻きに着替えたアズィーは、寝台へと寝転ぶ。
ちらりと目をやった脇机には、今朝スターツに贈られた花束があった。
『私の婚約者に相応しいのは、アズィー、君しかいない』
共に贈られた言葉が煌めきを伴って流れる。
「〜〜〜っ!」
胸を押さえ、身悶えするアズィー。
ひとしきり嬉しさを噛み締めた後、むくりと起き上がった。
我に返ったアズィーは、状況を冷静に整理して溜息をつく。
「……やはり不自然よね。スターツがあんな事をするなんて……。休日に王宮に一度帰ったから、誰かの入れ知恵……? 私とスターツを取り持ちたい人と言えば……」
今回の婚約破棄(未遂)には、既に国王と王妃の了解を得ていた。
それ以外で王太子であるスターツに意見できる人間は限られている。
それらの情報からアズィーの明晰な頭脳は、レトゥランの顔を容易に浮かび上がらせた。
「あれ程お兄様とレトラの婚約と、私達の婚約破棄は関係ないと話しましたのに……」
アズィーは子どもの可愛い我儘に困る母親のような溜息を漏らす。
もう一度花束を見ると、その後ろに『アズィー義姉様とお兄様はお似合いなのです!』と力説するレトゥランが見えるようだ。
「……でももう今更遅いわ……。私はスターツにときめきを感じないと伝えてしまったし、スターツもそう思っているのだから……」
レトゥランとスターツの笑顔が遠ざかるような感覚に、切なく痛む胸。
並の乙女ならここで涙をこぼし、諦めるための言葉を探していたかもしれない。
しかしアズィーは違った。
「それなら、今からでも私にときめいてもらえるよう努力をするまで……! そうすればレトラもお兄様も安心させられる……!」
力強く頷いたアズィーは、枕元の小鐘で侍女を呼び、明日の持ち物を一つ付け加える。
以前読んだ恋愛小説の一場面を再現するために……。
「ご機嫌麗しゅう殿下」
「……あぁ、おはようアズィー」
翌朝、学園に向かう途上、アズィーはスターツに声をかける。
本来なら女であるアズィーからスターツに声をかける事はあまり好ましくないのだが、アズィーにはそう言っていられない事情があった。
(昨日のように急に花を贈られたり手を握られては、嬉しさに気を取られて話したい事も話せません……。ここは先手を取らせて頂きます!)
決意のまま言葉を続けるアズィー。
「殿下。本日のお昼ですが、天気も良いですし中庭で食べませんこと?」
「……ふむ。わかった」
「!」
理由も聞かずに承諾したスターツの言葉に、アズィーの胸は熱くなる。
(信頼してくれているのですね……。断られるかもと思い、あれこれ理由を用意していたのが馬鹿みたいですわ……)
嬉しさのあまり、アズィーはスターツの手を取った。
さしものスターツも、これには動揺する。
「お、あ、アズィー……」
「あっ! し、失礼致しました殿下!」
「……いや、良い。このままで、良い……」
「……はい」
この二人の様子に、推しは溜息を、婚約破棄を信じる者達は歯軋りを漏らす。
そして学園に着くや否や、購買で弁当を購入し、昼に備えた。
そして彼らの大半は後悔する。
苦い豆茶を共に購入しなかった事を……。
「……殿下、急なお願いにも関わらず、お越しくださりありがとうございます」
「うむ……」
アズィーは侍女が昼に届けた昼食の籠を開く。
籠の中には肉と野菜を挟み、一口大に切ったパンが入っていた。
その一つをつまんで、アズィーはスターツへと差し出す。
「では、どうぞ……」
「……あぁ、いただこう」
「……あの、そうではなくて……」
「……?」
手で受け取ろうとするスターツに、首を横に振るアズィー。
一瞬考えたスターツの顔が見る見る赤く染まる。
「ま、まさか、そのまま口にしろと言うのか……?」
「は、はい……! 恋愛小説の中でそのような場面が……!」
「ぐ……、そうか……。食堂の机では距離があってできないから、ここでの昼食を提案したのか……」
確認しなかった事を後悔するスターツ。
(断る選択肢はないとは言え、心の準備をする時間が欲しかったが……。周囲に婚約破棄を取り消した事を広めるためだ! 致し方ない!)
強引に自分を納得させると、スターツは口を開いた。
「わかった。食べよう」
「……では、あーん……」
「ちょ、ちょっと待て! 何だその子どもに食べさせるような物言いは……!」
「こ、これはこういった行為の際の定型句だそうです」
「そ、そうなのか……? しかし……」
先日の膝枕での寝落ちが男を下げたと思っているスターツにとって、子ども扱いされる事に抵抗がある。
しかし周囲から熱のこもった視線を感じ取ると、無碍に拒否もできない。
「……わかった」
「……」
悔しさと、恥ずかしさと、それでもアズィーの手から食べさせてもらえる嬉しさを僅かに混ぜ、スターツの表情は複雑そのものとなっていた。
その表情に、後悔を滲ませるアズィー。
(やはり嫌ですよね……。それでも周りの目を気にして承諾してくれている……。これではときめきなど程遠い……)
それでも挫けず、アズィーは再度パンを差し出す。
「……あーん」
「……っ、あ、あーん……」
震える手から震える口にパンが渡った。
もぐもぐ。ごくり。
パンを飲み込んだスターツが、大きく息を吐く。
「……ふぅ」
「……ではもう一つ」
「待て」
「!?」
二つ目を取り出したアズィーの手が掴まれた。
その手から奪い取ったパンを、アズィーの口元に突き返すスターツ。
「……お返しだ」
「え……」
「あーんしろ、アズ……」
「……で、でも、お、畏れ多いと言いますか、その……」
「恋人と見せるためには、お互いにした方が効果的だろう。さぁ、あーんするのだ……!」
「……はい……」
「……っ」
その無防備に開いた口にどきっとしながら、スターツはパンをアズィーの口へと運ぶ。
もくもく。もくもく。こくり。
小さく喉が鳴り、息をつくアズィー。
(怒らせてしまったかしら……。やはり私にスターツをときめかせる事なんて……)
俯いたアズィーの肩を、スターツの肩が小さく小突く。
「次だ」
「え……?」
「一つでは足りない。次を食べさせてくれ」
「……良いのですか?」
「ただし交互にだ。お互いに食べさせ合うなら、その、あーんというのも、悪くはない……」
「は、はい……!」
こうして一つずつ食べ合うスターツとアズィー。
(子ども扱いされないのであれば、こうして食べ合わせるのも良い……。特にアズィーの食べる姿が小動物のようで、あぁ、抱きしめたくなる……!)
(怒っていなかった……! 良かった……! ときめかせるのはうまくいきませんでしたが、後退しなかっただけよしとしましょう……)
若干のすれ違いはありながら、二人は満足を感じながら食事を続ける。
その周囲では、
「はぁ……。尊い……。紅茶に砂糖が必要ありませんわね……」
「ぐふっ、水がまるで糖蜜……! 尊さとはここまで甘いものだったのか……! 悪くはないが、豆茶と合わせたかったな……」
「ぐあああ! 喉が焼ける! 購買の店員め! 俺のパンを練乳入りとすり替えたな! 後で文句を言ってやる!」
「ひぃ……! 苦いの、苦いの頂戴……! 闇を煮詰めたような苦い豆茶を……!」
耐性のない者が地獄絵図を繰り広げているのだった……。
読了ありがとうございます。
何で糖度が高いと筆が進むのか、これがわからない。
次回もよろしくお願いいたします。