婚約破棄を取り消すために、宣言せざるを得なくなった王太子殿下(18)
新キャラ登場回です。
八話で新キャラとか出して本当に十話程度で収まるのか?
ボブは訝しんだ。
どうぞお楽しみください。
「……なぁ、レトラ……」
「何ですかお兄様。気安く声をかけないでくださいませ」
「……」
学園の休みに王宮に戻ったスターツは、妹レトゥラン・クオの冷たい目にさらされていた。
(昔はどこに行くにも『おにいさまといっしょがいい』とついて回ってきたものだが……)
幼く可愛らしかった姿を思い出し、溜息をつくスターツ。
しかしそんなレトゥランも、もう十五歳。
アズィーの兄ドゥーイ・ティーズに初舞踏会で一目惚れして好意を告げるという、王族にあっても珍しい情熱を持っている。
スターツはそんな妹に聞かなければならない事があった。
「……レトゥラン。お前が私を嫌っているのは知っている」
「……」
「しかしどうしてもお前に聞きたい事があるのだ。答えてはくれないか」
「……内容に、よりますが」
「ありがとう」
スターツは意を決して尋ねる。
「女から見て男らしい姿とはどういうものだ?」
「は?」
目を点にするレトゥランに、話を続けるスターツ。
「だから男らしさだ。先日アズにだらしない姿を見せてしまい、何とか挽回したいのだが……」
「あ、アズィー義姉様と仲を……!? ってだらしない姿とはどういう事ですかお兄様!」
我に返ったレトゥランの剣幕に、スターツはたじろぎながら状況を説明する。
「え、あ、その、学園の中庭の長椅子で、昼休みに膝枕をされたら、ついうとうとと……」
「膝枕!? え、お兄様はアズィー義姉様と婚約破棄をしたのでは……!?」
「それが、お互いに凄まじい量の求愛にさらされてな。落ち着くまで婚約者に戻る事にしたのだ」
「そ、そうでしたか……。で! それで何故膝枕をされる事になるのですか!?」
「婚約破棄を取り消したものの、周りは納得しなくてな……。そこで恋人のような事をすれば諦めるのではないかと二人で相談して……」
「それで膝枕!? 何を考えておられるのですか!」
「いや、手を繋ぐとか色々試した上でだ。なかなか周りの疑いの目が晴れなくて……」
「……」
「……レトラ……?」
その時レトゥランの脳内では、様々な感情が渦巻いていた。
(お兄様とアズィー義姉様が婚約者に戻られたなんて……! 良かった……! 私がドゥーイと婚約したせいで二人は別れてしまったから……)
戸惑うスターツをレトゥランはちらりと眺める。
(それにしてもお兄様は、アズィー義姉様が演技だけで膝枕を許したと思っているのかしら。しかも眠ってしまうほど気を許しているのに無自覚だなんて……!)
じわじわと湧き上がる怒りに、自然と目つきが鋭くなっていく。
(ここは私がアズィー義姉様のために一肌脱がないと! お兄様はアズィー義姉様が心を寄せても『見事な演技だな』とか勘違いしそうですし……!)
ふぅ、と大きく息を吐くレトゥラン。
びくりと身体を震わせるスターツ。
「お兄様」
「な、何だ」
「アズィー義姉様に、男らしいと見直されたいのですね?」
「そ、そうだ」
「でしたらまずはきちんと宣言をする事です」
「何をだ?」
「『私の婚約者に相応しいのはアズィーをおいて他にいない』と!」
「何ぃ!?」
指を突きつけるレトゥランに、スターツは覿面に狼狽える。
「何も難しい事はございませんでしょう? 周りに婚約者である事を信じ込ませたいのであれば、何度でも言葉にすれば良いのです」
「……そ、そうか。そうだな……。うん、そのためなら……」
ぶつぶつと呟くスターツに、やれやれと溜息をつくレトゥラン。
(照れを隠すために言い訳を探すとは、我が兄ながら情けない……。でもアズィー義姉様の幸せのため! 私が応援しなくでは!)
そう決意すると、レトゥランは追い討ちをかける。
「その際には美しい花束を渡しながら言うのですわ」
「花束……! わ、わかった。手配しよう」
「花束の大きさは片手で抱えられるくらいに。渡した後開いている方の手を握る事も忘れずに」
「……ぉぉ……」
与えられた課題の大きさに、スターツは絞り出すような声で答えるのだった。
「おはようアズィー」
「ご機嫌麗しゅう殿下」
休み明け。
スターツはレトゥランに言われた通り、花束を持ってアズィーと合流した。
「……あら、花束?」
「……アズィー」
大きく息を吸ったスターツが、意を決して口を開く。
「私の婚約者に相応しいのは、アズィー、君しかいない」
「えっ……!」
「この花束は私からの気持ちだ。どうか受け取って欲しい」
「……はい、あの……、ありがとう、ございます……」
唐突な告白に戸惑いながら、花束を受け取るアズィー。
すかさず開いている手をすっと取るスターツ。
「では行こう」
「……はい」
俯きがちなアズィーの手を引いて、スターツは歩き出す。
二人の周囲からは歓喜と絶望が伝わってきていた。
「これは男らしい! スターツ殿下、満点です!」
「やはり言葉にされるのが一番嬉しゅうございますよねアズィー様……。尊い……」
「……こんな朝から愛の告白……? 妙だな……。妙だよな……。妙に違いないぃ……」
「きっとあの花束の花言葉に『君とは名ばかりの婚約者』というのがあるはずですわ! きっとそう! そうだと言って!」
そんな周りの声に耳を傾けるスターツ。
その内心は焦りと不安に満ちていた。
(これで良かったのかレトラ!? 何だかアズィーの表情も手もぎこちない気がするのだが!?)
そんなスターツの心配は杞憂。
アズィーの内心は飛び上がらんばかりの喜びに満ちていた。
(きゃあああ! 嬉しい! 『君しかいない』だなんて……! しかも花束まで……! だ、駄目よ演技なのだから浮かれちゃ……! でも嬉しい……!)
感情を必死に抑えるアズィーと、その態度に不安を募らせるスターツ。
甘いすれ違いを抱えながら、二人の一日が今日も始まる。
読了ありがとうございます。
レトゥラングッジョブ!
ちなみにレトゥラン・クオは『現状復帰』を表すreturn to status quoから。
まだ学園に通っていないので、スターツとアズィーを取り巻く状況は今回知りました。
次回もよろしくお願いいたします。