婚約破棄を取り消すために、煩悶せざるを得なくなった公爵家令嬢(18)
第五話はアズィー視点。
何で額にキスされて怒ったんでしょうなぁ。
不思議ですなぁ。
どうぞお楽しみください。
「はぁ……」
大きく溜息をつく公爵家令嬢アズィー・ティーズ。
彼女は自室で、今日の振る舞いを後悔していた。
「スターツの努力をふいにしてしまいました……。あれでは仲の良さどころか、喧嘩をしたと思われたでしょう……」
婚約者である王太子スターツ・クオとは幼馴染。
子どもの頃に家同士の都合で婚約者となっていた。
二人の仲は良く、ときめきはないもののきょうだいのように過ごし、いずれは結婚するのだと思っていた。
しかしアズィーの兄とスターツの妹が婚約した事で事情は大きく変わった。
「これで私達が婚約を続ける理由もないな」
「えぇ。これからはお互い心ときめく相手を見つけましょう」
両家の了承の元、学園の舞踏会の最後に、二人は婚約破棄を宣言した。
その直後から殺到する求婚。
あまりの勢いに恐れをなした二人は、婚約破棄は冗談という事にして身を守る事にしたのだった。
しかしそれでも疑惑の目を向け続ける周囲に、仲の良さを理解してもらおうと、手を繋いだり膝の上に乗ったりと、どぎまぎしながらも上手くやっていたのだった。
しかし。
「……何故私はあんなにも腹を立てていたのでしょう……」
なかなか諦めない求婚者達を一掃しようと、アズィーは恋愛小説で読んだ口付けを提案した。
動揺しつつも顔を近づけるスターツ。
驚きながらも受け入れようとしたアズィー。
しかしスターツの唇は、アズィーの額に触れるにとどまった。
「あれでも十分周りには効果的でしたのに……」
アズィーは自分の唇を撫でる。
そこにもしスターツの唇が触れたらと思うと、顔に一気に血が昇った。
「わ、私、スターツの口付けを期待していたの……!?」
淑女としてはしたないと思う気持ちと、どうしようもなくその瞬間を待ち焦がれる気持ちに、思わず椅子から立ち上がり、うろうろと歩き回るアズィー。
「と、ときめきなんて感じないはずだったのに……! きょうだいのような存在だと思っていたのに……!」
その事実が幸せなのか忌むべきものか、わからずにアズィーは歩き続ける。
その足がぴたりと止まった。
「……そうよね。スターツにとって、私はきょうだいも同然……。だから唇にはできなかったのだわ……」
悲しいけれど納得のいく答えに、アズィーは溜息をこぼす。
再び顔を上げた時、アズィーの顔には公爵家令嬢の凛々しさが戻っていた。
「……今しばらく演技を続けましょう。そしてスターツに好きな人ができたら……」
その先をどうしても言葉にできないアズィーだった。
「おはようアズィー」
「ご機嫌よう殿下」
翌朝アズィーとスターツは並んで登校を始めた。
周りには昨日の口付け未遂から、二人の関係を疑う目が散らばっていた。
(これはまずいな……)
(早く仲の良い演技をしませんと……)
昨日までは繋いでいた手。
しかし今朝は、どちらからも手を差し伸べる事ができないでいた。
(やはり演技では無理が生じるものなのですね……)
アズィーが憂いを深めたその時。
「でーんか! よろしければ今朝は私と手を繋いでいただけませんか?」
「え……」
隙ありと見た赤髪の女生徒が、スターツに手を差し伸べた。
両耳の上で結んだ二つの髪束がぴょこんと揺れる。
「……婚約者の前で他の女性と手を繋ぐなど、できようはずもないだろう」
「ですがアズィー様は殿下と手を繋ぎたくないご様子ですわぁ。それなら私と……、ね?」
「……!」
媚びた目をする女生徒に、アズィーの頭に血が昇った。
怒りに任せてスターツの腕を両手で抱きしめる。
「あ、アズ……!? い、いや、アズィー……。どうしたのだ……?」
「……」
突然の行動と腕を挟むように触れる胸の柔らかさに、必死に動揺を抑えるスターツ。
内心では大混乱を極めていた。
(うわ、柔らか……、ではなく! 何故自ら腕を組んで来たのだ!? 演技にしては過激では……!? あぁ、でも幸せな柔らかさ……! は、離れ難い……!)
腕を抱きしめるアズィーの頭も、熱に浮かされたようにぐるぐると回る。
(あぁ、私とした事が何というはしたない事を……! あの方がスターツと手を繋ごうとするのを見たら、頭が熱くなって……! 私、どうしてしまったの……!?)
それでもしっかり腕を掴んで離さないアズィー。
「あ、あああ……! あのような大胆な行為に及ぶなんて……!」
「しかもあの令嬢に『殿下は私のものです』と宣言するかのようなお姿……!」
「ち、違う! あれは、蜂か何かが飛んでいて、不意に腕を掴んだに違いない! そうに決まってる!」
「これだけ離れていてもこの痛み……。あの令嬢は生きておられるかしら……?」
二人の落ち着かなくも幸せな時間と、周囲の絶望を混ぜた朝に、始業の鐘が高らかに鳴り響くのであった。
読了ありがとうございます。
絶対に渡さないという強い決意を感じる……。
ここからはいよいよ最新話。
よろしくお願いいたします。