婚約破棄を取り消すために、人前で口付けせざるを得なくなった王太子殿下(18)
レトゥランに騙……、後押しを受けた二人は舞踏会で口付けを交わす事になりました。
果たして二人は無事に口付けできるのか?
キャンターは縛っておいた方が良いのでは?
どうぞお楽しみください。
「……おはよう、アズィー……」
「……ご機嫌麗しゅう、スターツ殿下……」
舞踏会の朝。
二人はぎこちなく挨拶を交わすと、学園へと向かう。
「……今日も、良い天気だな……」
「……はい……。心地良い、ですね……」
「……」
「……」
沈黙が二人を包んだ。
本来なら周囲の目を気にして手を繋ぐべきところであるが、スターツにもアズィーにもそんな余裕はない。
(とうとう今日の舞踏会で、アズと口付けを……! こ、婚約破棄を取り消すためだから仕方な……、違う! そんな言い訳は不要だ! 私は心から……!)
(……手の震えが止まりませんわ……! スターツと今日口付けを交わす事を思うだけでこれでは、本当にされた時、私は正気でいられるのでしょうか……!?)
強張った動きをする二人を見て、周囲にざわめきが広がる。
「……あのお二人の態度……。もしかして……」
「今日の舞踏会に、何か緊張される事でもあるのでしょうか……?」
「あのキャンターが諦めたのだ。婚約破棄などといった事ではないだろうし……」
「はっ! まさか誓いの口付けを交わすのでは!?」
一人の名推理に、ざわめきがどよめきに変わった。
「成程! それならばお二人のあの態度にも納得がいく!」
「とうとう永遠の愛を誓われるのですね! 尊い……!」
「しかしここで下手に騒ぐと、お二人の関係に水を差す事になりかねないな」
「そうですわね。静かに見守る事といたしましょう」
そんな事になっているとはつゆ知らず、スターツとアズィーはぎくしゃくと校舎に向かうのであった。
「おぉ……! 何と優雅な……!」
「それに息の合った動き……! やはりお二人以上の踊り手は考えられませんわ……!」
舞踏会の会場で、スターツとアズィーは惜しまない賞賛を受ける。
次期王位継承者であるスターツと、その婚約者として育てられたアズィー。
幼少の頃から教え込まれた教育のお陰で、完璧な踊りを披露する事ができていた。
内心がどんな状態であれ。
(おおおおお! どうする!? もうすぐ曲が終わる! ここで行くのか!? いや、もう一曲踊ってからにした方がいいのではないか!?)
(あああ! どうしましょう!? 今口付けを求められたら逃げてしまいそう……! でもそうしたら婚約破棄のまま……! か、覚悟を決めるのですアズィー……!)
二人の覚悟が決まらないうちに、無情にも音楽は終わる。
「……」
「……」
見つめ合う二人。
「……」
「……」
「……」
「……」
見守る人々。
楽団も空気を読んで、次曲を始めずに待つ。
「……」
「……」
微動だにしない二人。
溜息をついたバウンシーが、楽団に合図を送った。
曲が始まり、人々が動き出す。
「やれやれ、これじゃあ今日はただの舞踏会で終わりかな」
「そのようですわね。まぁあのお二人が今日いきなり口付けを交わすとは考えにくいですから」
「いえ、こういうのは突然に起こりうるものですわ。期待して待ちましょう」
「流石経験者は言う事が違いてててて! 何で耳を引っ張るんだ!」
そうこうしているうちに、会も終わりに近付いてきた。
二人を焦りが包む。
(は、早く口付けをしなくては……! しかしどうすれば良いのだ!? レトゥランに聞いておけば……! いや、それは流石に……!)
(あぁ、終わってしまいますわ……。やはり私達に口付けは早かったのでしょうか……)
その時であった。
アズィーの靴の踵がぽきりと折れる。
「きゃ……!」
「アズ!」
体勢を崩したアズィーを、スターツは瞬時に抱き寄せた。
「大丈夫かアズ!」
「え、えぇ、ありがとうスター、ツ……?」
「あ……」
「……!」
咄嗟に自分の胸へと引き寄せた結果、スターツとアズィーの距離はほぼなくなっていた。
残るは顔と顔の僅かな隙間だけ。
「……アズ……」
「……スターツ……」
何も考える事はなかった。
ただただ自然に、そうする事が当たり前かのように。
二人は目を閉じ、唇を重ねた。
「おおおおお! 世紀の瞬間が、今! 叔父上を早く呼ばないと!」
「おめでとうございます! スターツ殿下! アズィー様!」
「おおおおじあわぜに……! アズィーざまあああ……!」
「泣かないでくださいませ。……もうキャンター先輩には私がいるのですから……」
こうして王太子と公爵家令嬢が軽い気持ちで起こした婚約破棄騒動は、幸せな口付けで幕を閉じた。
「これで一件落着ねドゥーイ!」
「そうだねぇ。アズィーもスターツも幸せそうで良かったよぉ」
多くの祝福に包まれたスターツとアズィーは、この二年後に歴代最高と言われる結婚式を挙げる事になるのだが、それはまた別のお話……。
読了ありがとうございます。
靴の踵「俺の屍を超えてゆけ」
大変主人思いの靴でした。
残り二話で完結したいと思います。
次は二年後!
……作中の話ですよ……(笑)?
よろしくお願いいたします。