婚約破棄を取り消すために、妹に頼らざるを得なくなった王太子殿下(18)
恋人同士にはなったものの、口付けはお預けとなったスターツとアズィー。
しかし思わぬところから二人に危機が迫ります。
どうぞお楽しみください。
「お、おはようアズ……、アズィー……」
「ご、こごご機嫌麗しゅう、ス、で、殿下……」
いつもの朝。
いつもと違う二人。
その原因は、昨日思いを伝えあった事にあった。
(うおおおお! まともにアズの顔が見れない! 恋人になったのだから、これからは堂々と可愛らしいアズを眺めていられると思ったのに!)
(きゃあああ! 何て凛々しいのでしょうスターツは! ずっと見つめていたいのに、顔が横を向いてしまうのは何故……!?)
想い合っている事を知り、すれ違いが解消された二人。
しかしそれによって自覚した恋心が、気恥ずかしさとなって襲いかかる。
「……良い、天気だな……」
「……はい……」
「……あまり、暑くならないと良いが……」
「……そうですわね……」
よそよそしいとさえ思える会話。
二人は内心で焦り出す。
(まずい! このままではアズとの関係が悪化したと周りに誤解される! しかし今は手を繋ぐどころか視線を合わせるのさえ難しい……!)
(どうしましょう!? できる事なら『私とスターツは両思いになりました!』とお一人お一人に説明して回りたい! でもそんなはしたない事……!)
その時、周囲からざわめきが上がった。
緊張していた二人は、それが自分達の態度にあると勘違いする。
そうなると二人の判断は早かった。
「アズ! 手を繋ごう!」
「……! はい!」
そして繋いだ瞬間走る衝撃。
それはときめきなどという生優しいものではなかった。
二人の心臓の鼓動は一気に高まり、頭の中に移動したかのように激しく鳴り響く。
そのため二人は気付かなかった。
ざわめきの向けられた先が自分達でない事に。
「お、おい! キャンターが女の子と腕を組んで歩いているぞ!?」
「『スターツ殿下とアズィー様の婚約破棄を絶対信じるの会』会長のキャンターが!?」
「あの会まだありましたのね……。これで完璧に消滅しましたけれど」
「しかしこちらも負けず劣らず尊そうなお二人ですわ! 今後が楽しみです!」
「……!」
周囲の声を聞いたキャンターは、ジエルの手をやんわり振り解こうと苦心する。
「おい……! 周りから見られてるじゃないかよ……! 手を離せって……!」
「あら、何か問題でもありますか? 私とキャンター先輩は恋人同士なのですから」
「い、いやしかし、あんな勢い任せで恋人とか、その、確かに諦めはしたけど、アズィー様の事を嫌いになった訳ではないし、……本当に良いのか?」
「何を仰っていますの? アズィー様への想いはそのまま大事にお持ちになってくださいませ。何年かけてでも、それ以上に私を想わせてみせますわ」
決意を表すように、キャンターの手を握り直すジエル。
その言葉にキャンターは目を逸らす。
「……あんまり、頑張るなよ……」
「いいえ、駄目ですわ。何としても私は」
「……今の時点で、お前の事、結構好きだから……」
「ひゃ……!」
真っ赤になっている二組を眺めながら、フロウとバウンシーは豆茶を飲み干した。
「……はぁ、良い甘さです事。でもこの豆茶も飲み納めですかしら?」
「あぁ、それなら心配いらないよ。こんな事もあろうかと、キャンターから豆茶の淹れ方を聞いておいたから」
「しかし二組分の甘さとなると、少し心許ないですわね……。アリーに命じて海外で新種の豆でも探して来させましょうか?」
「……まぁアリーさんには豆茶の作り方だけ教えておくとしよう」
「あら、お優しいのですね?」
「なぁに。僕らが恋人同士になれば、それ程苦い豆茶は必要なくなるだろうからね」
「……」
笑顔のバウンシーを、フロウはじっと見つめる。
「……口説き文句でしたら、もう少し情熱的に言っていただけます?」
「確かにね。ではフロウ。僕と生涯を共にしてくれないかい?」
「……それはいささか気が早すぎるのではないかと思いますわ」
「断りはしないんだね?」
「……嫌なお人」
こうしてスターツとアズィーの知らないところで二組の恋人が生まれ、同時に二人の婚約関係は決定的なものとなっていた。
しかしそうとは知らないスターツとアズィーは、鼓動が支配する頭の中で必死に策を練る。
(ここから婚約関係を信じさせる方法は何だ!? 結婚式か!? いや違う! 何か、何か方法はないものか……!?)
(手を繋ぐだけでこんなにも動揺してしまうのに、これ以上何ができるというのでしょう……!? あぁ、いっそ二人で遠い国に逃げてしまいたい……!)
この後学園では恋の嵐が吹き荒れ、歴代最高数の恋人が生まれるのであるが、スターツとアズィーはそれどころではないのであった。
「で、どうしたら良いかと聞きに来られたのですね?」
「……頼むレトラ」
「良い知恵を貸してください……」
王城のレトゥランの自室。
目の前で頭を下げるスターツとアズィーに、険しい顔を向けるレトゥラン。
しかしその内心は歓喜に満ち満ちていた。
(やったぁ! とうとうお兄様とアズィー義姉様が本当の恋人に! しかもまだ婚約を疑われていると誤解なさっている! この機を逃す手はありませんわ!)
飛び跳ねたいような気持ちを抑えながら、レトゥランは重々しく告げる。
「ここは口付けです」
「なっ……!」
「それは……!」
「もうそれをおいて他にありませんわ。確か来週学園の舞踏会がありましたわね? その最後に口付けをかわすのですわ」
「いや、しかし……」
「人前でそんな……」
尻込みする二人をレトゥランは一喝した。
「お二人は今や正真正銘の恋人です! その関係を疑われて悔しくはないのですか!?」
「う、それは確かに……」
「……はい……」
「それに婚約破棄の騒動を引き起こしたのが舞踏会であるなら、舞踏会で決着を付けるのが筋というものですわ!」
「そ、そうか……?」
「言われてみればそんな気も……」
みるみる丸め込まれる二人。
「それでは来週の舞踏会、私とドゥーイも見に行きますから、くれぐれも誤魔化さないようにお願いいたしますわ!」
「……わ、わかった……」
「……はい……」
「ではまた。ご機嫌よう」
「あぁ、ありがとう……」
「またね、レトラ……」
見送るレトゥランが小さく拳を握ったのにも気付かず、二人は部屋を後にする。
「……で、では来週……」
「……は、はい……。舞踏会の日に……」
こうして二人は、誰も疑っていない婚約破棄の取り消しのために、口付けを交わす事になったのだった。
読了ありがとうございます。
あ… ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
「おれは 口付け回を書いていたと思ったら
前振りで二千字を超えていた」
な…… 何を言っているのか わからねーと思うが
おれも何をやっているのかわからなかった……
頭がどうにかなりそうだった……
文字数稼ぎだとか引き伸ばしだとか
そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ
もっと恐ろしい甘々の片鱗を 味わったぜ……
そんな訳で次回こそ口付け回です!
よろしくお願いいたします!