婚約破棄を取り消すために、涙せざるを得なくなった公爵家令嬢(18)
キャンターの告白から勇気をもらって、スターツへの告白を決意するアズィー。
しかしサブタイトルは不穏……!
果たして恋の行方やいかに!
どうぞお楽しみください。
「……スターツ……!」
息を切らせて戻って来たアズィー。
スターツがまだ長椅子の側に立っている事に安心して足を止めた。
「! アズ!」
それを見たスターツが、アズィーに向かって猛然と駆け出す。
一歩引きそうになる足で、アズィーは必死に踏み止まった。
(……怯えては駄目……! キャンターさんが断られる事を覚悟してでも、想いを告げてくださいました……! 私もその覚悟を決めたはず……!)
胸に抱いた強い決意。
しかしそれはあっさりと無に帰した。
「……スタ」
「アズー! 私は君を愛しているー!」
「へっ!?」
走りながら叫ぶスターツに、アズィーの目が点になる。
その間にスターツはアズィーの目の前に辿り着いた。
「アズ! 私は君を愛している! 愛しているのだ!」
「わ……、あ……」
「何がアズを怒らせてしまったのか、正直わかってはいない! だがアズが走り去った時に、凄まじい恐怖と喪失感が私を襲ったのだ!」
「え……」
「このままアズが本当に離れていくのでは、と考えただけで、血の気が引いた! そして今戻って来てくれた時に確信した! 私はアズなしには生きられない!」
「!」
目を見開くアズィーの手を、スターツが強く優しく包み込む。
「今は幼馴染の延長で良い! だが必ずやアズに恋のときめきを感じさせると約束する! だからどうか私の側にいてくれ! 頼む!」
「……!」
今にも泣き出しそうな必死な顔に、アズィーは答えようと口を開ける。
勿論ですわ。
以前から想いを寄せておりました。
私も愛しています、誰よりも。
様々な言葉が頭に浮かぶも声にはならない。
「……アズ……!?」
ただただ涙が溢れた。
「そ、そんなに嫌であったのか!? では気に入らない部分を教えてくれ! 何であろうと改善してみせる!」
慌てて手を離し、おたおたと狼狽えるスターツに、どこかおかしささえ感じるアズィー。
(私は何を心配していたのでしょう……。スターツが人を無闇に傷付けるような事は、絶対にしないと知っていましたのに……)
そう思うと、アズィーの身体から緊張がほぐれた。
わたわたと振り回すスターツの手をかい潜るようにして、その胸に飛び込む。
「あ、アズィー……!?」
「……私の不満は、スターツが口付けをくださらない事ですの……」
「く、口付け……!? それが不満……!? だが婚約破棄の取り消しは順調ではないか……! そこまでする必要は……!」
「……ですから。そうではなくて、私はスターツと恋人として口付けを交わしたいのです……」
「……!?」
胸に触れる柔らかい身体。
至近距離から見上げる顔。
上気した身体から立ち昇る香気。
少しいじけたような声で語られる想い。
触覚、視覚、嗅覚、聴覚を支配され、スターツは途切れそうになる思考を必死に繋ぎ止める。
「……つまり、その、アズは私を、愛している、のか……?」
「……えぇ、心から……」
「……では、私達は愛し合っている、という事、なのか……?」
「……はい……」
顔から火が出そうな思いで頷くアズィーに、スターツはぐっと天を仰いだ。
胸の震えを感じたアズィーが、はっとスターツを見上げる。
「……スターツ? ……泣いて、いるのですか……?」
「……情けないが……、嬉しくて……」
「私も同じ気持ちです……。スターツ……」
再び溢れる嬉し涙でスターツの胸を濡らすアズィー。
その背中を撫でながら、自分の涙で濡らさないよう天を仰ぐスターツ。
見守っていたバウンシーとフロウは、恍惚の溜息をつく。
「いやぁ、何と美しい結末だろう……。この場面を見られた事を神に感謝するよ……」
「えぇ、本当ですわ……! こんな良い場面を見逃すなんて、キャンターとジエルは一体どこに……?」
そこへ虚ろな目をしたキャンターに、肩を貸しながら歩くジエルが戻って来た。
「もう! ちゃんと歩いてくださいませ!」
「……はにゃほえ……」
「おやおや、どうしたんだい? とりあえずキャンターは預かろう」
「ありがとうございます……。歩いてはくれるのですが、手を引くと倒れてしまいそうになって……」
「それにしても何がありましたの? 魂でも抜かれたようになっていますけれど……」
「その、実は……」
ジエルはキャンターの告白と、それに続く自分の行動について口籠もりながら話す。
話を聞き終えたバウンシーとフロウは、手持ちの豆茶を一気に飲み干した。
「……いやぁ、そんな事があったとはね……。それはキャンターも壊れる訳だ。おーい幸せ者。正気に戻りなよ」
「……すみません、私、気持ちが昂ってしまいまして……」
「勇気を出したのね。偉いわジエル」
「お姉様……!」
二人からの温かい言葉に涙ぐむジエル。
バウンシーはキャンターを支えながら、ジエルの頭を撫でるフロウに声をかける。
「すまないけれど、そこの豆茶を取ってもらえるかな。……そう、キャンターが置いていったそれ」
「気付け薬にしますのね?」
「あぁ。できたばかりの恋人の前で、いつまでも醜態を晒している訳にはいかないだろうからね」
「……!」
真っ赤になるジエルに微笑むと、バウンシーはフロウから受け取った豆茶をキャンターの口元へと運んだ。
「さ、飲みたまえキャンター」
「……まめちゃ……?」
匂いに釣られるように、虚ろな目のまま豆茶を受け取るキャンター。
操り人形のようにぎこちない動きで、豆茶を口へと運んでいった。
「……すまない。取り乱した……」
「……私もですわ……。恥ずかしい……」
その頃気持ちを落ち着けたスターツとアズィーは、抱き合った姿勢のまま向き合っていた。
その顔には少しの照れと、大きな安らぎが満ちている。
「……しかし考えてみれば泣き顔を見られるなど、子どもの頃から考えたら一度や二度ではなかったな……」
「確かにそうですわね。もう私達の間に、隠す事などないのかもしれません……」
お互いの体温を分け合うような姿勢がもたらす安心感。
アズィーは波立った心が収まっていくのを感じた。
(……私が求めていたのは、この感覚でしたのね……。スターツに愛されているという感覚……。それを私は口付けで得ようと焦って……)
全てが満たされたと息を吐くアズィー。
しかしその心が再び波立つ。
「……そういえば、その、先程の口付けの事だが……」
「!」
終わったと思い込んだ話を突然蒸し返されて、アズィーの顔は朱に染まった。
「え、あの、それは、えっと、不安からくる願いでして、その」
「……実は私も、許されるならしたいと、その、思っていた……」
「!? す、スターツも……!?」
目を丸くしたアズィーの視線を避けるように、スターツは顔を逸らす。
「……好きなのだから当たり前だろう……。演技でアズの初めての唇に触れてはいけないと、そう思ったから断ったのであって、その、触れて良いのなら……」
「……!」
見つかった失敗の言い訳をする子どものような言葉だったが、アズィーにそれを微笑ましく思う余裕はない。
(……恋愛小説の結末のような幸せな口付けを、スターツと私が……!?)
そう思うと今スターツの腕の中にいる状況は、何ともおあつらえ向きに感じられる。
アズィーは潤んだ瞳でスターツを見つめた。
「……スターツ……」
「……アズ……」
自然に目は閉じられ、唇が近付いていく。
二人の恋が一つの節目を迎えようとしたその瞬間。
「うだらばぁ! 何だこれにっが! うぇっほうぇっほ!」
「!?」
「!?」
突然上がった叫び声とむせる音に、二人の顔が弾かれたように離れる。
「……」
「……」
「……アズ……」
「……はい……」
「……今度、二人きりになれるところで……」
「! ……はい……!」
こうして恋愛小説とは少し違う、それでも確かな絆を二人は結んだのであった。
読了ありがとうございます。
キャンター君さぁ……。
君のせいでもう一つ別で、口付け回を書かなきゃいけなくなっちゃったよ……。
これでめちゃくちゃ甘くなったらどうしてくれるんだい……?
とりあえず後三話で完結できると思います。
ほぼほぼウィニングランです。
最後までよろしくお願いいたします。