婚約破棄を取り消すために、歌を歌わざるを得なくなった王太子殿下(18)
仲の良さをより示そうとアズィーに提案したら、口付けをせがまれたスターツ。
それを回避するべく、考えた策とは?
(ヒント:サブタイトル)
どうぞお楽しみください。
「……それで知恵を貸して欲しい、と」
「……あぁ」
スターツの言葉に、レトゥランは肩を落とす。
(全くもどかしいというか何というか……)
学園の休みに城に戻ってきたスターツは、先日アズィーに聞かれた婚約破棄を取り消す新たな策について、レトゥランに相談する事にした。
アズィーの提案した口付けを拒否したくだりでは、兄の顔をぶん殴りそうになったレトゥラン。
しかし演技で口付けはしたくないというスターツの言葉に怒りを収めた。
(お兄様はなまじ婚約者という立場があるせいで、挑戦して失うよりは現状維持を選択するのでしょう。しかしアズィー義姉様はその先を願っている様子……)
二人のすれ違いに溜息を堪えながら、レトゥランはその明晰な頭脳を最大限に活用する。
「ではお兄様。歌をお贈りくださいな」
「歌……?」
「えぇ。歌劇などでよく見ますでしょう? 自分の思いの丈を歌に乗せて伝えるのです。歌ならば周囲にも聞こえ、疑いを晴らす事でしょう」
「な、成程……。しかし歌か……。これまでそんなものを作った事はないが……」
「アズィー義姉様への想いをそのまま言葉にすれば良いのですわ。節回しや曲は私の方で調整いたしますので、どんどん言葉になさってください」
「わ、わかった」
咳払い一つすると、スターツは口を開いた。
「アズは可愛い」
「はい」
「アズは綺麗だ」
「はい」
「アズは可憐だ」
「はい」
「アズは優しい」
「……あの」
「何だ?」
「もう少し工夫はありませんの?」
レトゥランの呆れた言葉に、スターツは首を傾げる。
「思った通りに言えと言うから、そのようにしたまでだが」
「……幼い子どもではないのですから、何か例えを使ったり表現に工夫をしたりして、その想いがいかに強いかを表すのですわ」
「成程。しかしアズの美しさは何かに例えられるものではないのだが」
「は?」
「何と比べてもアズの方が美しい。これはどう言えば良いのか……」
真顔で言うスターツに、深々と溜息をつくレトゥラン。
(今のをそのままアズィー義姉様に言えばよろしいのに……。まぁそれでも演技と思われてしまうのでしょうけれど……)
もどかしい気持ちを切り替えて、レトゥランは話を続ける。
「では『君の美しさは例えようもないほどだ』くらいにしておきましょう」
「そうだな」
「他には何かありますか?」
「アズの声はとても耳に心地良い。天上に流れるという音楽でも敵わないだろう」
「良いですね。その調子でどうぞ」
「アズは上品で所作の一つ一つが素晴らしい。まるで気品そのものを纏っているかのようだ」
「やればできるではありませんか。続けて参りましょう」
「繋いだ手の滑らかさと温かさ、胸が高鳴ると同時に何とも安らぐ。生きた陶磁器と言っても過言ではないだろうな」
「……」
嬉しそうに語るスターツに、レトゥランは再び溜息を押さえ込む。
(……そう思われるのでしたら、もっと触れて差し上げればよろしいのに……)
それでもスターツからアズィーへの気持ちが現れている事に、気を良くするレトゥラン。
「まだまだありますわよね?」
「アズの匂いは花か果物かと思うほどに甘く芳しい。側にいるだけで幸せな気持ちになる」
「……女性に匂いの話をするのはかなり危険なのですが……。まぁ良いでしょう。他にはいかがです?」
「アズの髪は絹以上に艶やかで、陽の光を受けるときらきらと輝く。また風にたなびく様は絵画に収めておきたいほどだ」
「悪くないですわ! 他には……」
「アズは……」
こうして気分が乗ったスターツとレトゥランによって、アズィーに贈る歌は完成したのであった。
「おはようアズィー」
「ご機嫌麗しゅう殿下」
翌日の登園の際、スターツはやや興奮した面持ちでアズィーに話しかける。
「先日話していた事について、良い手を用意してきた」
「……まぁ、何でしょう」
口付けが遠のいた事を少し残念に思いながらも、新たな試みに期待を抱くアズィー。
するとスターツは胸を張り、大きく息を吸った。
「おぉ 我が愛しい君よ
君の声は天上の音色
君の髪は至高の芸術
生きた白磁のような手に
花を思わせる芳しい香り
高貴な気品を身に纏い
その美しさは他に例えようもない
おぉ 我が愛しい君よ
どうかいつまでも我が側に」
その朗々とした歌声に、周囲の人達は足を止めて聞き入る。
「おぉ 我が愛しい君よ
君の笑顔は天使の微笑
君の瞳は春の木漏れ日
優しく温かい振る舞い
波立つ心も凪へと変わる
聖母のような慈悲に溢れ
その愛おしさに胸は焦がれる
おぉ 我が愛しい君よ
どうかその愛を我が胸に」
歌が終わり、周囲から拍手が起こった。
やり切った笑顔を浮かべたスターツは、アズィーの表情を窺う。
「……どうだ?」
「……」
少し俯いていたアズィーは、にっこりと微笑んで顔を上げた。
「これはレトラと一緒に作りましたね?」
「えっ、何故それを……!?」
驚くスターツに、アズィーは溜息をつく。
「これまでどれだけレトラと手紙のやり取りをしたと思っているのですか。あの子の言葉の言い回しは頭に入っております」
「そ、そうか……」
驚かせ、あわよくばときめいてもらえたら、と思っていたスターツは落胆した。
その手をアズィーの手が握る。
「何をがっかりされているのです? これだけ多くの方に聞かれたなら、婚約破棄は嘘であったという話に説得力は増したと思いますわ」
「そ、そうか?」
「えぇ。白昼堂々人前で歌うなど、なかなかできる事ではありませんから」
「なっ……!」
「さ、参りましょう」
絶句するスターツの手を引いて、校舎へ向かうアズィー。
その顔は真っ赤に染まっていた。
(やはりレトラの差し金でしたのね! そう思っていましたわ! えぇ! 予想通り! ……なのに何故こんなに胸が高鳴るのでしょう!?)
そんな様子を見守る生徒達からは、溜息が漏れる。
「はぁ……。何て情熱的な歌……。アズィー様のあの動きは、スターツ殿下に赤くなった顔を見られないためですわね」
「歌が歌えればアズィー様の心を掴めるんだな! よーし! 今から練習して……!」
「……キャンター。君、これ以上特技を増やしてどうするんだい? 乗馬と豆茶のどちらかだけでも、仕事にできそうな熟練度なのに……」
「良いではないですかバウンシー先輩。きっと何かの役に立ちますよ。えぇ、きっと……」
こうしてスターツの歌は、目論見とは違うものの、一つの大きな目的を果たしたのであった。
読了ありがとうございます。
スターツは天才肌なので、レトゥランの作った曲に合わせて二、三度歌っただけで暗唱できるようになりました。
今度は曲も節回しも自分で作ればアズィーも……?
次回もよろしくお願いいたします。