婚約破棄を取り消すために、匂いを嗅がざるを得なくなった王太子殿下(18)
アリーへのざまぁを終え、再び日常パート。
今回はちゃんと甘いです。
どうぞお楽しみください。
「まぁ、そんな事が……!」
「キャンターの機転で事なきを得たがな」
昼休みの中庭で、スターツはアズィーにアリーにまつわる騒動の顛末を伝えた。
教室に戻ってきたスターツの表情から何かあった事には気付いたものの、授業を遮ってまで聞く事ができなかったアズィー。
聞き知った事実に憤慨する。
「年頃の娘に肌を晒すように言うだなんて、考えただけでもおぞましいですわ」
「全くだ。あのような性格だから、あの歳でも未婚なのだろう」
「婚約者がいる私にも声をかけて、節操がないにも程がありますわ」
「それは……、いや、そうだな。男の風上にも置けない男だ」
アリーの行動に眉をひそめる二人。
しかしその心中は、それどころではない怒りに満ちていた。
(何て事! 私の学友を脅すだなんて……! やはりスターツを侮辱した時にヴィズマ家ごと潰しておけば良かったですわ……!)
(アズを見たら、汚らわしい手でアズに触れた事を思い出した……! やはり先程あの場で処刑しても良かったのではないか……!?)
しかしふと我に返り、こんな物騒な思考を相手に知られてはならないと、怒りを抑え込む。
「まぁあの子達にもやり過ぎたところはありますけど……」
「まぁそういった意味では、フロウ嬢の判断は悪くなかったと言えるな」
適当なところで話を切り上げると、新たな話題を探す二人。
「そうですわスターツ。今度のお休みに、買い物に付き合っていただけますか?」
「あぁ、勿論だ。それで何を買うんだ?」
「暑くなってまいりましたので香水を買おうと思いまして」
「……香水……?」
気温が高くなれば汗をかく頻度も増え、自然と身体の匂いが気になるようになる。
庶民のように川で水浴びなどできない貴族や王族は、身体を濡らした布で拭きながら香水を付けるのが一般的だった。
しかしスターツの内心は、その常識に異議を訴える。
(アズに夏向けの香水など必要だろうか、いやない! 今の仄かな香水と混ざるアズの香りが至高だと言うのに、強い香りをつけたらその匂いしかしなくなる……!)
そんな葛藤を、アズィーは買い物への不満と誤解した。
「あ、あの、香水がお嫌でしたら、別のお買い物にいたしましょう」
「え、あ、いや、そうではなくて……」
その時スターツの脳に雷が走る。
(いや待てよ!? 一緒に買い物に行き、さりげなく淡い香りの香水を勧めれば良いのではないか!?)
完璧に思える結論に、スターツは明るい笑みを浮かべた。
「何、それならば私も何か新しいのを買おうと思ったまでだ。行く事に何の問題もない」
「良かった……。ありがとうございます」
アズィーはアズィーで目論見が破れず、安堵の息を漏らす。
(夏に香水は必須……。そこでスターツの好みの香りをつけたら、私に少しはときめいてくれるはず……!)
現状で十分過ぎるほどスターツがときめいている事を知らず、アズィーは決意を新たにした。
それを見つめる生徒達は、呆れた溜息を漏らす。
「『あなた好みの香りを身に付けたい』、これはもはや告白だと思うのですけれど……」
「スターツ殿下はともかく、アズィー様も意図してないみたいですわね。本当に奥手でもどかしいですわ」
「……ジエル嬢は人の事を……、いや、やめておこう。あ、キャンター。お説教は終わりかい?」
「やっと終わった……。で、どうだ!? お二人の別れ話は進んだか!?」
「……はぁ」
「……はぁ」
「……ふぅ」
「!? な、何だ!?」
三人が同時についた溜息に、キャンターは訳も分からず戸惑うのであった。
「ほう、なかなかに多いな」
「はい、ここならきっと欲しい香りが見つかりますわ」
迎えた休日。
スターツとアズィーは、街の香水屋の中にいた。
「しかしこれだけあると、探すのも一苦労だな」
「えぇ。ですが夏用の物はこちらにまとまってありますので、ここから選べば良いのですわ」
「そうか。では一つずつ確かめていこう」
「えぇ。よろしくお願いいたしますわ」
アズィーは手近な香水の瓶を手に取り、その蓋を開ける。
「あ、これなど良さそうですわ」
「どれ……? う、少し強いのではないか……?」
「直接嗅ぐとそう思えるかもですが……、あ、そうですわ」
鼻をつく強い果物の香りに、スターツは顔をしかめた。
するとアズィーは店員に声をかけ、試供品を手首に垂らす。
「こうしてこすって伸ばしますと、丁度良い香りになりますの。さぁお試しください」
「え……」
手首を差し出すアズィーに、硬直するスターツ。
アズィーの匂いを直接嗅ぐという行為に、凄まじい背徳感を覚え、半歩引いてしまう。
「え、それは、その、良い、のか?」
「はい、良い香りですわ」
「……そうか」
アズィーの屈託のなさに何かを諦めたスターツは、その手首に顔を寄せた。
「!」
先程感じた強い香りは柔らかく広がり、優しく鼻をくすぐる。
スターツはその奥にアズィー自身の甘い香りを感じ取り、自分の思い違いに驚愕した。
(……そうか。アズィーの香りは香水などでは消せないのだな。上等な紅茶は果物の香りを足してもその気品を失わないのと同じだ……。むしろ引き立てている!)
アズィーが聞いたら「そんなに私の体臭は酷いのですか!?」と誤解しそうな事を考えたスターツは、再び心ゆくまでその香りを楽しむ。
二度、三度と息を吸い込むスターツに、段々とアズィーの顔が赤くなっていった。
(わ、私ったら、とてもはしたない事をしてしまっているのでは……!?)
そう思った途端猛然と恥ずかしくなったアズィーが、一心に匂いを嗅ぐスターツにおずおずと声をかける。
「……あの、スターツ……。そろそろ……」
「え、あ、す、すまない! よ、良い香りだな!」
「えっ」
スターツの言葉に、アズィーの表情が明るくなった。
「……この香り、気に入りましたの?」
「あぁ! とても気に入った!」
「! ならばこれを買いますわ!」
「うむ! それはそれで良いと思うが、他のものも試してみてはどうだろうか!?」
「は、はい! では濡れた手巾をもらって、今の香りは拭き取りますわね」
「! その手巾買……、いや、何でもない……」
「?」
スターツが気に入る香りを見つけられたと喜ぶアズィー。
アズィーの香りを堂々と堪能できて喜ぶスターツ。
それを見守る生徒達は、一斉に豆茶をあおる。
「ふぅ……。今回のはなかなかに甘いね。見なよ店員さんを。今にも口から砂糖を吐きそうだ」
「あらあら、お二人がお店を出たら、豆茶を差し上げないといけませんわね」
「……いや、二人が店を出るまで、この豆茶が持つかどうか……」
「こんなに一気に飲んだら身体に悪いですの。没収いたしますわ。あっ、ちょっ、どこを触っていますの!?」
そんな店の外のどたばたなど知らず、アズィーはスターツのために二つ目の香水を手首で塗り広げるのであった。
読了ありがとうございます。
……おいキャンター。
おい。
次回もよろしくお願いいたします。