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婚約破棄を取り消すために、手巾を使わざるを得なくなった王太子殿下(18)

二十二話で贈っていた手巾ハンカチの話を覚えていますでしょうか?

アズィーの匂いが香る手巾を大切にすると誓ったスターツ。

それを使わざるを得ない事態とは……?


どうぞお楽しみください。

「あああぁぁぁ……!」


 スターツは自室で悶え苦しんでいた。

 今日の遠乗りで、やらかしたと思った数々の事と、アズィーへのときめきとが絡み合い、じっとしていられない程の衝動が暴れ続ける。


「何だあの愛おしさは……! 特に本屋でのあの笑顔……! 私と共にいる事を、本当に嬉しいと思ってくれているのか……!?」


 呟いた自分の言葉で更に気分が高まり、寝台に飛び乗ると枕を抱きしめ、のたうち回るスターツ。


「……落ち着け、落ち着くのだ……」


 しばらく暴れ回った後、荒い息を吐いたスターツは、額に飾ってある手巾を眺める。

 それはアズィーが、精緻で複雑と名高いクオ王家の紋章を刺繍した手巾だった。

 自らの紋章を手ずから刺繍された喜びから、部屋にあるどの絵画よりも豪華な額に入れた手巾。

 それをスターツはうっとりと眺めた。


「……そうだ、これ程見事なものを贈ってくれているのだ。嫌われているはずがない……」


 スターツは手巾を見つめて、息を整える。

 これまでもアズィーとの関係で不安を覚えたり、過剰にときめきを感じた時は、この手巾を見て心を整えていた。


「……これがある限り、我が心の平穏は保たれる……」


 この時のスターツは、その心の拠り所をまさか贈り手によって奪われるとは想像もしないのであった。




「おはようアズィー」

「ご機嫌麗しゅう殿下」

「少し暑くなってきたな」

「えぇ、夏も間近ですわね」


 翌日。

 いつもと変わらない様子で、スターツとアズィーは学園に向かう。


(よし、普段通りに振る舞えているな。これ以上の失態を重ねたくはない……)


 朝にもう一度部屋で手巾を拝んだスターツの精神は、かなり落ち着きを取り戻していた。

 これなら精神的動揺による失敗は決してない、と思っていた矢先。


「昨日買った本を読んでみたのですけれど」

「んぐ」


 何気ないアズィーの一言に、スターツの平穏はあっさりと崩れ去る。

 動揺からスターツの額にはじわりと汗がにじんだ。


「あら、汗が……」

「あ、暑いからな、ははは」


 慌てて手巾を取り出すと、額を汗を拭うスターツ。

 その姿を見たアズィーの表情が曇る。


「……私が差し上げた手巾は、お使いいただけていないのですね……」

「えっ!? あ、そ、それは、あまりに見事な刺繍だったのでな! 部屋に飾ってあるぞ!」

「……そう、ですか……」

「……?」


 アズィーが顔を曇らせた理由が分からず、動揺するスターツ。

 顔を伏せたアズィーは、嬉しさと寂しさが渦巻く胸を押さえる。


(大事にしてもらえているのは嬉しい……。でもやはり飾るのではなく使って欲しい……。そんな我儘でスターツを困らせる訳には……。でも……)


 学園に通うようになってから、アズィーはスターツに願いや希望を伝える事はなくなっていた。

 それはスターツが王太子であり、願えば大抵の事を叶えられる立場である事を自覚したからだ。

 公爵家の令嬢として、立場を利用して我儘に振る舞う事を厳に戒められていたアズィー。

 膝枕や添い寝など、婚約破棄を取り消すための事以外でスターツに何かを要求する事は恥でしかなかった。

 しかし。


「……でも、使って欲しいです……」

「え、あ、だが……」

「私の贈ったものを、スターツが使ってくれていたら、嬉しく思う、から……」

「う……」


 恥ずかしそうに言うアズィーに、スターツが言葉を失う。


(子どもの頃は色々したい事を言ってくれていたが、学園に通うようになってからは言わなくなっていた……。それを告げてくれたなら応えたい……! しかし……!)


 渦巻く感情を手巾で抑えているスターツにとって、それは放り出された海でようやく見つけた木切れを手放すようなものだ。

 迷うスターツの袖をアズィーが掴む。


「……もし汚れたなら、また私が贈りますから、どうか……」

「……わかった。明日から使おう……」


 魂を抜かれたようになったスターツが頷くと、アズィーが嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます、スターツ」

「い、いや、私もアズの思いが汲めず、悪かった……」

「いえ、こんな事をお願いして申し訳ありません……」

「気にするな。こんな可愛い我儘ならいつでも聞くさ」

「!」


 スターツの笑顔と『可愛い』の言葉に、顔を赤らめるアズィー。

 それを、『我儘と言われた事を恥じている』と勘違いするスターツ。


「あ、いや、我儘ではないな! うん! 正当な要求だと思うぞ!」

「いえ、そんな……」

「大丈夫だ! 手巾を使う、当たり前の事だ! 飾っていた私がおかしいだけだ!」

「そ、そんな事は……!」

「だからこれからも私のために手巾を贈って欲しい! 刺繍はあってもなくても構わないから!」

「! ……はい」


 わたわたする中で意識せずスターツが放った言葉に、アズィーは笑顔を取り戻した。


「……では、行こう」

「はい」


 安心したスターツの差し伸べた手を、そっと握るアズィー。

 その様子を見ていた生徒達は色めき立つ。


「アズィー様からのおねだり! 可愛いですわ! 甘いですわ! キャンター先輩! その豆茶くださいませ!」

「ふざけるな! お前のせいで昨日は死にかけたんだぞ! この豆茶は俺のものだ!」

「そう言いつつ僕ら一人一人に小さい豆茶を用意してくれているあたり、キャンターらしいよね。……うん、美味い」

「アズィー様を諦めたら、良い縁もありそうなのですけどね」


 そんなやり取りを、初夏の気配を含んだ風が静かに撫でていくのであった。

読了ありがとうございます。


段々と素直な気持ちが出てきたアズィー。

スターツは生き延びる事ができるか……?


次回もよろしくお願いいたします。

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