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婚約破棄を取り消すために、覚悟を決めざるを得なくなった公爵家令嬢(18)

デートの最後はアズィーのターン!


やめて! 今の状態でアズィーからスターツに情熱的なアプローチをされたら、豆茶でぎりぎり保っているキャンターの精神まで燃え尽きちゃう!

お願い! 死なないでキャンター(フラグ)!


どうぞお楽しみください。

「ほう、思ったより多いのだな」

「この辺りでは一番の本屋ですから」


 スターツとアズィーは馬で街に戻り、本屋に入っていた。

 本屋で本を買った事がないスターツは、物珍しそうに辺りを見回す。


「アズはどんな本を探しているのだ?」

「私は未読の恋愛小説を見つけられたらと思っていますわ」

「ふむ。では少しそれぞれで見て回るとするか」

「そういたしましょう」


 スターツの提案で別行動をする事になった二人。

 本棚の角を曲がったところで、スターツは壁にもたれ、必死に息を整える。


(今日は何だ!? アズが普段の倍くらい可愛く愛らしく見える! 馬に乗っている時も、手綱を離して抱きしめたくなるのを耐えるのか辛かった……!)


 胸を押さえて大きく息を吐くと、スターツの表情が暗く落ち込んだ。


(……共にいると溢れる気持ちを抑えるのが辛いが、離れていると寂しさで胸が潰れそうになる……。私は一体どうしたら良いのだ……)


 その頃別の本棚の陰で、アズィーは頬を押さえてしゃがみ込む。


(スターツ! 今日はどうしてそんなに凛々しいのですか!? 一日のうちにこんなにときめきを感じていては、心臓がもたないというのに……!)


 しかし周りの目を気にして立ち上がり、ゆっくりと呼吸を整えるアズィー。


(……いけませんわ。スターツはあくまで演技……。側にいたい気持ちを伝えても戸惑ったような様子でしたもの……。辛くてもこの気持ちは隠さないと……!)


 必死に気持ちを立て直し、アズィーは本を探そうとする。

 しかしスターツの事が気になり、本棚に集中できないでいた。


(スターツは今どんな本を探しているのでしょう……。どんな顔をして本を眺めているのでしょう……。あぁ、別行動など承諾しなければ良かった……)


 そんなアズィーの目が、一つの本の題名に強く惹きつけられる。

 そっと手に取って表紙を撫でるアズィー。


「!」


 そこにはこう書かれていた。


『待つ恋を辞めた伯爵家令嬢は愛を追う』


 いつもなら味わう新書の紙の匂いを確かめる余裕もなく、急いで開くとぱらぱらと中の物語に目を走らせる。


「……」


 内容は焦がれて止まない公爵家の令息が優柔不断なのに業を煮やした伯爵家令嬢が、その心を射止めんと奔走する、というものだ。

 どちらかと言えば喜劇寄りの内容だが、アズィーは胸を熱くさせる。


「待つ恋より追う愛……」


 そう呟くと、アズィーは本を胸に抱えて歩き出した。


(そうですわ……! このままではいけないというのなら、私から愛を告げれば良いのです! 無関心なスターツの心を射止める程に、強く、強く……!)


 スターツの心臓を仕留めかねない決意に動かされ、アズィーの足は小走りへと変わる。

 見回しながら本屋の中を移動するアズィーは、程なくスターツを見つけた。


「スターツ……!」

「ど、どうしたアズ?」

「え、そ、その……!」


 スターツは突然出会った驚きと、それでもアズィーに再会できた嬉しさとで、少しぎこちない笑みを浮かべる。

 その瞬間、アズィーは我に返った。


(わ、私は何を……!? こんなお店の中で抱きついて愛を告白するなんて、考えるだけでも恥ずかしい事ですのに……!)


 正気に戻ってしまったアズィーに、スターツは首を傾げる。


「少し慌てていたようだが、何かあったのか?」

「え、いえ、その、こ、こんな本を見つけまして……!」

「何々……? 『待つ恋を辞めた伯爵家令嬢は愛を追う』……!?」


 混乱したアズィーが咄嗟に差し出した本の題名に、今度はスターツが動揺した。


(どういう事だ!? 私との関係を解消して、新たな愛を追うつもりか……!? い、いや、考えすぎだ! 何より私達の関係は恋ではない……! まだ……!)


 お互い顔を逸らし、息を整える。


「で、ではその本を買ったら戻るとするか」

「そ、そうですわね。お付き合いくださってありがとうございます」

「何、アズと共にいるためなら何でもしよう」

「えっ」

「あっ」


 冷静になり切れていなかったスターツが、ぽろりと本音をこぼした。

 動揺の残るアズィーには、それを曲解する余裕はない。


「……」

「……」


 凍りつく時間。

 赤くなる二人。


「……」

「……あの」


 心臓の鼓動が支配する脳で、かろうじて言葉を紡ぎ出したのは、覚悟の欠片を胸に宿していたアズィーだった。


「……ありがとう、スターツ……。とても、とても嬉しい……」

「う、あ……」


 子どもの頃のような、素直な言葉と真っ直ぐな笑顔。

 その威力に、取り繕うとしていた思考を失うスターツ。


「……あの、また、良ければ、遊びに行こうな……」

「……はい……!」

「……ははっ」

「……ふふっ」


 二人は屈託のない笑顔で見つめ合う。


「……あのー、そちらの本はお買い上げでよろしいでしょうか……?」

「!」

「! は、はい!」


 見かねた本屋の店主の声に、我に返る二人。

 会計を待つ間、スターツとアズィーは叫びながら転げ回りたい程の衝動を必死に押さえ込む。

 その様子を見守っていた生徒達にもその感情は伝染していった。


「うあああぁぁぁ……! あの緊張から解き放たれたお二人の笑顔……! 何て甘くてもどかしいんだ……! こんなの耐えられる訳がない……!」

「うぐっ……。だ、だが俺には秘蔵の豆茶がある……。それを飲みさえすれば……! ってあれ!? ない!?」

「ふぅ、ありがたくいただきましたわキャンター先輩。お姉様もいかがですか?」

「ありがとうジエル。いただくわ(私は構いませんけど、キャンターと間接的に唇が触れている事、ジエルは気にしないのかしら……?)」


 こうして馬の二人乗りから始まった休日は、それぞれの心に重い衝撃を残して終わるのであった。

読了ありがとうございます。


店主は耐えに耐えて声をかけました。

責めないであげてください。


次回もよろしくお願いいたします。

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