婚約破棄を取り消すために、膝の上にのせざるを得なくなった王太子殿下(18)
第三話。
サブタイトルだけ見ると何の事やらって感じですね。
どうぞお楽しみください。
「……手繋ぎだけでは難しいようだな」
「えぇ、そのようですわ」
翌日の昼休み。
また中庭の長椅子で、二人は周囲の視線を感じながら小さく溜息をついた。
「昨日の帰りも今朝も手を繋いだというのに、疑惑の目が薄れない」
「まぁ私達が幼馴染である事を知る者からすれば、特別な行為ではないと思うのも無理はないでしょう」
「となると、より婚約者らしい事をしなければならないのか……」
「婚約者らしい事……。儀式的な事では疑惑を深めるでしょうし……」
その時悩むスターツの脳裏に、天啓のような閃きが走る。
「アズは恋愛小説というものを読むか?」
「え? えぇ、同級生との話題になりますから、人並み程度には読んでいます」
「その中での振る舞いを模せば、いずれ結婚に至る仲だと周りは思うのではないか?」
「……! 確かに妙案ですわ」
「よし。で、どのように振る舞うのだ?」
「……あ」
スターツの問いかけに、これまでに読んだ恋愛小説の場面がアズィーの脳内を駆け巡った。
魂の全てを捧げるような口付け。
空気すら間に入る事を許さない熱烈な抱擁。
耳にかかる熱い吐息。
全身が溶けてしまうような身の火照り。
そして……。
「どうした?」
「ひゃっ!?」
スターツに覗き込まれ、アズィーは小さく悲鳴を上げた。
その途端、これまで思い浮かべていた恋愛小説の場面が、全て自分とスターツになってしまい、慌てるアズィー。
「な、何だそんなに顔を赤くして……」
「え、そ、そうでしょうか……?」
「……!」
戸惑い目を逸らすアズィーに、スターツは一つの仮説に辿り着いた。
(ま、まさか最近の恋愛小説は、そういう事まで記してあるのか……!? それは流石に……!)
慌てたスターツは、俯くアズィーに声をかける。
「あー、その、アズ、人の噂など長続きはしないものだから、その……」
「!」
「だから無理して恋愛小説を真似る必要はない」という意図のスターツの言葉を、アズィーは綺麗に勘違いした。
(ここで恋愛小説の真似事をしたとしても、噂はすぐ消える……!? でしたら……!)
元々アズィーは恋愛小説や、その内容を語り合う同級生との話の中で、ときめく恋愛に心惹かれていたのだった。
そしてそれは、きょうだい同然のスターツとの間では望めないとも思っていた。
それが今試せる場が得られた。
そんな気持ちが、アズィーの中の淑女としての嗜みという壁を越えさせる。
「……スターツ」
「な、何だ?」
「……膝に、乗らせて」
「えっ」
固まるスターツ。
真っ赤になるアズィー。
しばし沈黙が流れた後。
(は、恥をかかせてはならない……!)
そう決意したスターツが頷く。
「か、構わない」
「……ありがとう」
アズィーは真っ赤な顔のまま一度立ち上がり、スターツを少し浅く座らせると、その膝の上に腰を下ろした。
足が直角に交わるような体勢は、普段の身長差を打ち消す。
肩が触れ合い、瞬きの間に口付けを交わせそうな距離を二人の間に作り出した。
(うわわわわっ!? ち、近い! それに服越しにでもわかる柔らかさ! そして足に乗るこの重さが何とも心地良い……!)
(きゃあああ! わ、私ったら何てはしたない……! でもこれがあの物語の主人公が見た景色……! これがときめき……!?)
熱を帯びた目で見つめ合う二人。
まるで組んだ手から伸ばした人差し指のように、わずかずつ、しかし確実に近づいていく顔。
ゆっくりと二人の目が閉じたその時。
ひゅう。
「!」
「!?」
爽やかな風が二人の頬をさらりと撫でた。
顔の熱を吹き散らされ、我に返った二人が顔を背ける。
「こ、これはなかなか、恋人らしい行い、だったな」
「そ、そうですわね」
「……」
「……」
恥ずかしさから離れたい。
でもこの熱が名残惜しい。
内心で葛藤を重ねた二人は、
「……今ここで離れては、周りから演技と疑われかねないな……!」
「そ、そうですわね。もう少し演技を続けましょう……!」
昼休みが終わるまで、この幸せな時間を継続する事に成功したのだった。
読了ありがとうございます。
演技と言えばどんな大胆な行為も許される……!
押せっ……! 押せっ……!
続いて第四話。
よろしくお願いいたします。