婚約破棄を取り消すために、間接キスをせざるを得なくなった王太子殿下(18)
間接キスなんかで一話書けない、そう思っていた時代が私にもありました……。
どうぞお楽しみください。
「ふむ、なかなかの味だったな」
「ご馳走様でした」
スターツとアズィーは、鳥料理を食べ終わり一息つく。
「この肉は、香草を加えた低温の油でじっくり熱を通したそうだ。それでこれ程に香りも食感も良く仕上がっているのだな」
「それででしたのね。普段いただくお肉よりもしっとりした感じがありましたわ」
「これでアズの足の怪我の治りも良くなるかな」
「まぁ。小石が靴に入った程度、怪我のうちにも入りません。それより私を抱えて走ったスターツの体力が、このお肉でお戻りになるのを願って止みませんわ」
「それこそ要らぬ心配だ。私を疲れさせるには、アズでは軽すぎる」
「まぁ。お上手です事」
和やかな会話。
しかし二人を知る者達の目は誤魔化せない。
「明らかに話し方に無理がありますわね。先程の抱き上げからの会話で、二人の間に照れが生じたのでしょう」
「いや違うなフロウ! 小石程度で大騒ぎした姿に愛想を尽かしたアズィー様と、それに縋ろうとするスターツ殿下! これで決まりだ!」
「キャンター先輩。夢はいつかは覚めるものですよ?」
「……ジエル、何かキャンターに対して厳しくないか? キャンターの読みが自身に甘いのは事実だけど」
生徒達の睨んだ通り、二人は混乱の極致にいた。
(あああこのままでは私は小石に慄く小心者だ! 何とかしてアズに男らしさを示さなければ! しかしどうすれば……!?)
(あああ先程の抱き抱えとお言葉が嬉しすぎて、自分でも何を言っているのか良く分からなくなってきましたわ! スターツに嫌われませんように……!)
そこに食後の飲み物が運ばれてくる。
これ幸いと、二人はたんぽぽの根から淹れたというお茶に話題を移した。
「ほう、これがたんぽぽ茶か。確かに見た目も香りも豆茶に似ているな」
「そうですわね。あまり苦くないと良いのですけど」
「まずは一口飲んでみるとするか」
「はい、いただきます」
二人同時に器を取り、口元に運ぶ。
少し香りを楽しんだ後、一口飲んだ。
「……ほう」
「う……」
二人の表情には明らかな差が出る。
スターツはわずかに微笑み、アズィーの眉には皺が寄った。
アズィーの様子を見たスターツは、ここが名誉挽回の好機とばかりに声をかける。
「アズ、苦手な味だったか?」
「……はい、少し……」
「無理をする事はない。牛乳を頼もう」
「ありがとうございます」
しかしそううまくいかないのが世の常。
「……申し訳ありません。本日は牛乳を切らしておりまして……」
「そうか。何か他に苦味を和らげるものはないか?」
「お砂糖でしたらいくらかはありますが、その……」
「……私のお茶に苦味を消す程入れれば、そちらも心許なくなってしまいますのね」
「仰る通りです……」
店員の申し訳なさそうな表情に、アズィーは溜息をついた。
公爵家に生まれ、厳しい躾を受けて育ったアズィーに、苦手だからと言って自ら注文した品を残すような事はできない。
覚悟を決めて飲み干そうとしたその時。
「すまない。紅茶を一つ」
「え、スターツ……?」
「そのたんぽぽ茶は私がもらおう」
スターツの男気が暴発した。
「え、ですが」
「アズはその味が苦手なのだろう。私はこの味は好みだからな。アズは紅茶を飲めば良い」
「でも、その」
「気にするな。先程も言っただろう。アズに苦痛を味あわせるのは」
「飲みかけを差し上げるというのは流石に失礼かと……」
「……あ」
固まるスターツ。
顔を赤らめるアズィー。
しかしもう後には引けない。
(ここで「ではよそう」などと言えば、アズは「私が口にしたものなど飲めませんものね」とでも言いかねない! ここは押し切らねば!)
そう決意すると、スターツは自分のたんぽぽ茶を一気に飲み干し、
「うむ、やはり一杯では足りない! すまないがもらうぞ!」
「あ、はい……」
勢いでアズィーのたんぽぽ茶を受け取る。
(……アズが口をつけた茶……。いや、何を考えている! 不埒な思いを抱いていると思われないように、いざ!)
内心の動揺を隠し、優雅にたんぽぽ茶を飲み干すスターツ。
その様子にアズィーの心にも動揺が走った。
(スターツが私か口を付けた飲み物を……! これは口づけも同然では……!? い、いえ、私をかばっただけ、そうですわよね……!?)
その間に店員はアズィーに紅茶を運ぶ。
「……アズはゆっくり飲むと良い……」
「……ありがとう、ございます……」
「……熱い飲み物は、顔が火照るな……」
「……そう、ですわね……」
お互い真っ赤な顔を飲み物のせいにする二人。
それを眺める生徒達は、めいめいにたんぽぽ茶をすする。
「はぁ……。このあっさりした苦味とお二人の甘い空気……。最高の取り合わせですわ……」
「いやぁ、僕はこの苦味では少し足りないみたいだ……。キャンター、君ならこの茶をどう淹れる?」
「この味ならもう少し焙煎を深めればより良い味わいになるだろうな。聞いたところによるとたんぽぽ茶は胃を痛めにくいそうだから、工夫する価値はありそうだ」
「もうキャンター先輩は豆茶屋を開けばよろしいのではないかと思いますわ」
こうして休みの午後は穏やかに過ぎていくのであった……。
読了ありがとうございます。
こんな事でわちゃわちゃしてる時期が一番楽しい説。
店員になりたい。
次回もよろしくお願いいたします。