婚約破棄を取り消すために、お姫様抱っこせざるを得なくなった王太子殿下(18)
そういえばやってなかったお姫様抱っこ。
甘いシチュエーションではありませんが……。
どうぞお楽しみください。
「では馬に戻ろうか」
「はい」
向日葵畑を一通り巡ったスターツとアズィーは、馬の元へ戻ろうと踵を返した。
「うむ、だいぶ空腹になってきたな」
「そうですわね。お昼ご飯が楽しみですわ」
「予約した店では手の込んだ鶏肉料理の他に、たんぽぽの根を使った豆茶に似た飲み物を、食後に出すそうだ」
「まぁ、豆茶に似た、という事は苦い飲み物なのでしょうか。牛乳や砂糖を入れて良いのなら、頂いてみたいですわ」
「あぁ、それは好みで加えられるようだ。私はそのままで飲んでみて、考えようと思う」
「私も一口目はそのままで飲んで、きゃっ!」
談笑していたアズィーが、石につまずき体勢を崩す。
「アズ!」
反射的にスターツが繋いでいた手を引き寄せたため、アズィーはスターツの胸に飛び込む形となった。
「大丈夫か?」
「え、えぇ、あの、ありがとう、ございます……」
「どこか痛めてはいないか?」
「……は、はい……。スターツのお陰で、痛っ!」
名残惜しそうに体勢を戻したアズィーが小さく悲鳴を上げる。
その声にスターツはみるみる顔色を変えていった。
「足を痛めたのか! すまない、私が咄嗟に強く引いてしまったから……!」
「え、いえ、その、大した事では……」
「無理をするな! 馬まで私が運ぶ!」
「え、あの」
アズィーが説明する暇もなく、スターツはアズィーの背中と膝裏に手を差し入れ、そのまま抱き上げる。
「す、スターツ!? ちょっと、待って……!」
「少し辛抱してくれ! 馬に乗れば医者まですぐに連れて行けるから!」
「そうではなくて、私は……!」
「うおおお!」
スターツはアズィーを抱き抱えたまま走り出した。
その胸の中で、アズィーは溜息をつく。
(よろけた拍子に靴の中に小石が入ってしまっただけですのに……。これは馬の所に戻るまで話を聞いてもらえそうにありませんわね……)
しかしその腕の逞しさ、そしてアズィーを医者に連れて行こうとする必死な表情に、ときめきも感じていた。
(こんなに私の身体を案じてくれるだなんて……。スターツは必死になってくれているのに、それを嬉しく思うだなんて不謹慎かしら……)
そうこうしているうちに、馬の元に辿り着く二人。
「着いたぞアズ! 痛むのはどちらの足だ!? そちらに負担がかからないように馬に乗せて……!」
「落ち着いてくださいスターツ。小石が靴に入っただけですわ」
「えっ」
微笑んで靴から小石を取り出したアズィーに、別の意味でスターツの血の気が引く。
(わ、私とした事が取り乱して、情けない姿をアズに見せてしまった……! 子どもの頃の約束だけで繋がっている関係を、これ以上後退させる訳には……!)
その情けない姿で、アズィーのときめきがこれまでにないほど高まっている事を、スターツは知る由もない。
少しでも状況を良くしようと、必死に言葉を紡ぐ。
「……すまない、アズが辛い思いをするのは、自分が受けるよりも何倍も辛いのだ……」
「えっ」
「今回は小石が靴に入っただけで済んだが、もし足を挫いたりしていたらと思うと、いてもたってもいられなくなってしまったのだ……」
「ぁぅ」
「良い機会だから伝えておく。もし今後何か辛い事や苦しい事があったら、私に真っ先に相談してほしい。私のできる限りでその苦痛を取り払うと誓うから……!」
「……は、はい……」
真顔で言い切ったスターツは、アズィーを降ろすと馬の首を撫でる、振りをして後ろを向いた。
(これで何とか小石程度で大騒ぎした情けなさを払拭できれば……! そして願わくば、本当に頼りにしてほしい……!)
アズィーはアズィーで後ろを向き、必死に呼吸を整える。
(す、スターツったら何を……!? 幼馴染として心配してくれているのは分かりますけど、これではまるで愛の告白のよう……! お、落ち着くのよアズィー……!)
馬はそんな背を向け合う二人を、不思議そうに眺める。
アズィーに近づくと、喧嘩は駄目だよと言うように鼻先をその背に擦り付けた。
「きゃっ! ……もう、甘えん坊ね」
「ははは。では昼食に行くか」
「……はい」
ひらりと跨ったスターツに手を引かれ、アズィーが馬の背に乗る。
二人が嬉しそうにしているのを感じ、馬は高らかに嘶いた。
「何だ、上機嫌だな」
「ではスターツ、お願いします」
「あぁ、しっかり掴まっていてくれ」
その一部始終を遠巻きに見ていた生徒達は、口々に思いを語り合う。
「あの必死さ! アズィー様を思う真剣さがあればこそ! そして軽々と抱き上げる逞しさ! まるで物語の主人公ですわ!」
「ふん! 必死になって抱き上げられれば男らしいと言うなら、俺にだってできるぜ!」
「ふ、ふぅん。まぁ、私も殿方に抱き上げられるのに憧れもありますし? どうしてもと言うのなら、協力をして差し上げても……、ってキャンター先輩!?」
「……僕を抱き上げたところで、腕自慢にはなっても女性の心は打たないと思うよ……?」
しばらく茶番を繰り広げた生徒達は馬に乗り、ゆっくりと進むスターツとアズィーを追うのであった。
読了ありがとうございます。
ジエルがお姫様抱っこして欲しそうな目でこちらを見ている。
誰を抱き上げますか?
ジエル
フロウ
ニア バウンシー
そういうとこだぞ。
次回もよろしくお願いいたします。