婚約解消を取り消すために、過去の約束を持ち出さざるを得ない王太子殿下(18)
お待たせいたしました。
『太陽の丘』エピ、終わったと思った?
残念!
まだ続くのでした!
どうぞお楽しみください。
「……着いたな……」
「……そう、ですわね……」
「……」
「……」
アズィーを乗せたスターツの馬は、『太陽の丘』へと到着した。
馬上から眺める丘は向日葵の黄金に染められ、抜けるような青空と相まって、言葉を失う程の美しい景色が広がっている。
しかし二人が動きを止めたのはそのためではなかった。
(……うぅ、アズが私に寄りかかり、それを手綱を持つ手で支える、まるで抱き抱えるかのような状態……! この至上の時間が終わってしまう……!)
(……まるでスターツに抱き締められているかのようなこの時間を今少し……! これならスターツに触れていても、はしたないとは思われませんし……!)
普段なら止まるとすぐ降りる主人がなかなか降りないのを不思議に思いつつ、何か理由があるのだろうと馬はそのまま立ち続ける。
「……」
「……」
「……」
少しすると向日葵に集まる小さな虫が、馬の耳をくすぐった。
「……ぶるるっ」
馬は思わず首を振る。
「! で、では降りようか……」
「は、はい……!」
弾かれたように二人が慌てて降りるのを感じ、先程までのんびり乗っていたのに何故慌てて降りるのだろう、と不思議に思う馬。
しかし二人がどことなく嬉しそうなので、馬は自分の仕事に満足して、足元の草をかじり始めた。
「……では少し歩こうか」
「はい……」
手を繋ぎ、歩き出す二人。
大輪の向日葵が、初々しい二人を歓迎する。
「……見事だな」
「……えぇ、とても……」
「アズと見たかったのだ。……その、美しい景色は特に……」
「……ありがとう、ございます……」
握るアズィーの手に少し力が入り、その感触に冷静さを失うスターツ。
(こ、これは嬉しいのか!? 私の言葉にときめいているのか!? な、ならば今こそ私の思いを伝えるべきでは……!?)
スターツは高揚する気分のままに口を開く。
「……こうして向日葵を見ると、幼い頃別荘で遊んでいた事を思い出すな」
「えぇ、懐かしいですわ。別荘にもこれ程ではありませんが、向日葵の咲く庭園がありました」
「あぁ。……そこで私が、まだ知りたての婚約の話をしたのを、その、覚えているか?」
「……えぇ。『こんやくというのは、ぼくとアズがおとなになったらずっといっしょにくらすやくそくだ』とそう仰って……」
「そ、そう、それだ。……あの頃はまだ婚約も結婚も良く分かっていなかった……」
幼い日の約束に、苦笑するスターツ。
しかしスターツの心は、それを足がかりに今へと向かう。
(婚約者という立場はあの時と同じ……。だが気持ちは大きく変化した……。私はアズに恋をし、そして愛している……。それを今伝える……!)
二、三度深呼吸をして、スターツは覚悟を決めた。
「……アズ、あの時の約束だが……」
「……はい。私はあの時と変わらない気持ちです……!」
「なっ……!」
アズィーの言葉に、スターツは大きな衝撃を受ける。
(馬鹿な……! アズはまだ幼い日の約束で、私の婚約者でいてくれているだけなのか……! ときめきを感じているのは私だけだったのか……!)
しかし当然ながら、アズィーの本心は違っていた。
(スターツの側にいたい……! それはあの時からずっと同じ……! ときめく新たな出会いを、なんて、常に側にいると思えばこその甘えだったのですわ……!)
しかし覚悟を打ち砕かれたスターツに、それを読み取る余裕はない。
事態の悪化を防ぐ事だけに、明晰な頭脳を全て傾けていた。
「……ではこの見事な向日葵を、もう少し見て回ろうか」
「はい」
「昼食は近くの鶏料理の美味しい料理屋を予約してある。おっと、安心すると良い。貸切などはしていないからな」
「まぁ、ふふっ。ありがとうございます」
「その後は馬で街に戻り、少し店を見て回ろう。どこか行きたいところはあるか?」
「でしたら本屋に寄らせてくださいませ。いくつか気になっている本がありますの」
「あぁ分かった。良い本があれば教えてくれ」
「はい。是非」
平静を装って今後の予定を話すスターツ。
しかしその内心は汗だらだらであった。
(良かった……! 念のためアズが喜びそうな行程を組んでおいて……! アズがまだときめきを感じていない以上、今日は現状維持に徹しよう……!)
一方でアズィーはアズィーでいっぱいいっぱいになっている。
先程のスターツの覚悟を砕いた一言は、アズィーにしてみれば告白一歩手前の踏み込んだ言葉のつもりだったからだ。
(わ、私ったら『ずっと一緒にいたい』だなんて、大胆な事を……! でもスターツの反応は普段のまま……。いえ、拒否されなかっただけでも前進ですわ!)
優秀な頭脳を空回りさせながら、それでも手を離さずに歩く二人。
それを見守る生徒達からは溜息が漏れる。
「何故あそこでスターツ殿下は引いてしまうのでしょうかね……。アズィー様は『子どもの頃の約束通り、ずっと一緒にいたい』と仰ったのでしょうに……」
「いや、バウンシー、俺には分かる……。あれは『子どもの頃同様、恋する気持ちはまるで無い』という意思の表れ……。あぁ、豆茶が苦くて困るなぁ……!」
「はぁ……。やっぱりキャンター先輩は相変わらずですわね。認めて諦めたら楽になれますのに……。ねぇ、お姉様?」
「ふぅ……。私はこの豆茶のために、もうしばらく粘っていただいても良いかと思っていますわ。ふふっ、意地悪かしら?」
燃える恋の季節の象徴である向日葵は、そんな若者達を黙って優しく見つめているのであった。
読了ありがとうございます。
スターツは泣いていい。
あとおかえりキャンター。
次回もよろしくお願いいたします。