婚約破棄を取り消すために、馬に乗らざるを得なくなった得なくなった王太子殿下(18)
さて今回は馬での遠乗り。
二人乗りで大接近! となるのが普通の話ですが……?
どうぞお楽しみください。
「遠乗り、ですか」
「あぁ。太陽の丘で向日葵が見頃らしい。馬で行けば一時間とかからないようだし、今度の休みにどうだ?」
「承りました。楽しみにしております」
学園からの帰り道。
アズィーを誘えたスターツは内心で拳を握りしめる。
(よし! これで『花手折る貴公子』の二人乗りの場面を再現できる! 使用人を使っての二人乗りの練習は辛いものであったが、これで報われる……!)
一方でアズィーも心の中で似たような事を思い描いていた。
(まさかスターツから誘ってくれるなんて……! 馬で二人で遠乗りといえば、あの場面しかありませんわ!)
そんな二人の様子を見ていた生徒達は顔を見合わせる。
「お二人で馬の遠乗りだなんて……! 新たな尊さを拝見できる予感がいたしますわ! 何としても見守りませんと……!」
「ですがお姉様、私馬には乗れませんの……。目立つかもですが、馬車でもよろしいでしょうか?」
「うーん、太陽の丘までの道は、あまり整備されていない。それもあってスターツ殿下も馬で行く事を選ばれたのだろう」
「何であろうと二人が再び婚約破棄をする瞬間に立ち会い、アズィー様に求愛をするために、必ずついていく!」
こうして様々な思惑が絡み合い、休みの日へと収束していくのであった。
「おはよう、ア、ズィー……?」
ティーズ公爵家の前で待つアズィーの姿を見て、馬で乗り付けたスターツは固まる。
馬上服に身を包んだアズィーが、馬に跨り笑顔で待っていたからだ。
(しまった! アズは馬に乗れたのだった! あの誘い方をしたら、自分の馬を用意する事は簡単に想像できたのに……!)
しかし後悔先に立たず。
「お待ちしておりましたわ殿下」
「……あぁ。では行こうか……」
自分の前にアズィーを乗せ、甘い時間を過ごそうと思っていた目論見を粉々に砕かれたスターツ。
しかしアズィーの満面の笑みにそんな事は言い出せず、にっこりと笑みを浮かべる。
「では行こうか」
「……? はい……」
アズィーは長年の付き合いから、スターツが何かに引っかかっている事に気が付いた。
馬を並べて進みながら、その理由を考える。
(この馬を並べて走る状況は、『性悪王女の溺愛記』の遠乗りの場面通りのはず……。てっきりその場面を再現してくださっていると思ったのに……。っ!?)
そこでアズィーは自分の思い違いに気が付いた。
(スターツにはまだ『性悪王女の溺愛記』は勧めていませんわ! という事は『花手折る貴公子』の二人乗りの場面の再現!? 私ったら何て勿体無い事を……!)
しかし後悔先に立たず。
曖昧な笑みを浮かべて、馬を進めるしかない。
その時その前に一つの影が立ち塞がった。
「アズィー様!」
「あら? あなたは確か一年生の……、ジエル・リリウム、だったかしら?」
「え、あ、はい! お、覚えていただき光栄に存じます!」
「それで、そんなに息を切らして、何か急用かしら?」
「はい! あの、その馬をお貸しいただけませんでしょうか!?」
「え!?」
戸惑うアズィーに、ジエルはまくし立てる。
「あの、お友達と太陽の丘に行かなくてはならないのですが、馬の手配を忘れてしまって、と、とにかく今すぐ馬が必要なのです!」
「そ、それは大変ね。でも、その、私も殿下と太陽の丘に一緒に行く予定で……」
「でしたらスターツ殿下の馬に一緒にお乗りになってはいかがでしょうか!?」
「えっ!?」
突然の提案に戸惑うアズィー。
するとスターツもそこに助け舟を出す。
「私は構わないぞ。友との約束を果たしたいという後輩の力になってあげると良い」
「わ、分かりましたわ。では、どうぞ……」
「ありがとうございます!」
ジエルは手綱を取ると、今来た道を戻って行った。
姿が見えなくなったのを確認して、スターツはアズィーに手を伸ばす。
「……では、乗ってくれ」
「……はい」
こうしてスターツの当初の目論見通り、アズィーとの二人乗りの遠乗りが始まったのであった。
「ひ、ひいぃ……。も、もっとゆっくり歩いてぇ……」
「全く、バウンシーに乗せてもらってたのに、何でこんな馬鹿な事を……」
「う、うるさいですわ! お二人が気まずい雰囲気になっているのを見ていられなかったのですもの! 仕方ないでしょう!?」
乗った事のない馬の首にかじり付くようにしがみ付くジエルに、キャンターは深く溜息をつく。
「こっちに乗れ」
「え……?」
「俺の馬は熟練だ。俺が乗らずとも手綱さえ握れば言う事を聞く。俺がそのアズィー様の馬に乗ってこの手綱を握れば、少しはましに歩けるだろうさ」
「……そんな事、しなくても別ひゃあぁ!」
「馬が不憫だ。遠慮せず代われ」
「……ありがとう、ございます……」
「かつて婚約破棄を共に喜んだよしみだ。感謝されるほどの事じゃない」
「……お礼くらい、素直に言わせてくださいまし……」
馬を乗り換え、順調に歩き出す二人の姿を見て、フロウとバウンシーは微笑みながら見つめていた。
「あらあら、これはこれで尊い感じがしません事?」
「そうだね。まぁキャンターにその気が全くなさそうだけど……」
まだ恋にならない繋がりを、空で太陽もにこにこと眺めているのであった。
読了ありがとうございます。
あらあらうふふー。
今日もいい天気ー。
次回もよろしくお願いいたします。