婚約破棄を取り消すために、謝罪せざるを得なくなった王太子殿下(18)
腕枕王子、我に返るってよ。
どうぞお楽しみください。
「……すぅ……。すぅ……」
「……ん……」
妖精がささやくような、小さな風。
花の蜜を集めたような、甘い香り。
心の底から安らぎを感じながら、スターツはゆっくり目を開ける。
「……? どこだ、ここは……?」
暗い緑の隙間から見える青。
それが木の葉と空だと気が付いて、スターツの覚醒が早まる。
「そうか、私は徹夜の眠気に負けて、芝生で昼寝を……」
そこでスターツの身体が硬直した。
眠い中で発した言葉。
腕に乗る心地良い重さ。
そして耳元から聞こえる寝息。
「……頼む……! 夢であってくれ……!」
絞り出した願いは、神にも悪魔にも届かなかった。
「……!」
恐る恐る首を巡らせたスターツの目に飛び込む、愛らしく寝息を立てるアズィーの顔。
鼻先が触れそうになり、慌てて静かに顔を逸らす。
(な、何という事を私は……!)
可能ならば頭を抱えて芝生を転げ回りたいスターツだったが、アズィーの頭が乗る腕がそれを許さない。
腕枕をすると言った後悔と、今腕枕をしているときめきとで、スターツの心臓は尋常ではない動きをしていた。
その中でもスターツは必死に対応を考える。
(謝罪! そう、第一に謝罪だ! だがそれだけでは許されないだろう……! 私は嫌がるアズィーに腕枕を強要したのだから……!)
寝起きで若干悲観的になっているスターツは、ありもしないアズィーの怒りに震え、必死に対策を練り始めた。
(誠意を示すには何か高価な物を贈るのが一番だが、アズィーは大抵の物は持っている……! くっ、『花手折る貴公子』のように花冠で済めば楽なのだが……!)
スターツは暗記している王家の財産目録を一つ一つ思い浮かべるが、どれを贈っても足りない気がして更に絶望を深めていく。
その時。
「……ん、んん……?」
「! あ、アズ……!?」
アズィーがゆっくりと目を開けた。
しばらくとろんとスターツを見つめ、焚き火の木が爆ぜるように跳ね起きる。
腕から消えた重さと暖かさに一瞬未練を感じながらも、瞬時に思考を切り替えたスターツも跳ね起き、猛然と頭を下げた。
「すまない!」
「申し訳ありません!」
そこにアズィーの謝罪がぴったりと重なり、不思議な間が流れる。
「え、いや、何故アズが謝るのだ?」
「え、だって私、スターツの腕ではしたなくも眠り込んでしまって……!」
「そ、それは私が強要したからだ! アズは何も悪くないだろう! 悪いのは」
「強要……? 何の事ですか?」
「え?」
「え?」
硬直の後、二人の顔に凄まじい勢いで朱が昇った。
(え、強要されたと思っていない!? つまりアズは嫌ではなかったのか!? 腕枕を!? それつまり……!? え、一体……!?)
(スターツは私に腕枕を強いたと思っていた……!? つ、つまり、そうまでしてでも私に腕枕をしたかったという事……!?)
寝起きの頭に膨大な熱を送り込まれ、二人はまともな思考ができなくなる。
そんな二人が選択したのは、
「……お互い謝ったという事で、この件は解決という事にしようか……」
「……そうですわね。それがよろしゅうございます……」
曖昧に流す事だった。
立ち上がり、身体についた草を緩慢に払うと、二人は校舎へと向かって歩き出す。
「……」
「……」
無言で歩く二人。
お互い相手の様子を伺いながら、言える言葉もなくただ歩いていた。
人間は何かを意識すると、その方向に身体が動く特性を持つ。
「……お!」
「あっ……!」
無意識にじりじりと近寄っていた二人の腕が触れ合い、小さな声が上がった。
「す、すまない……」
「い、いえ、私こそ申し訳ありません……」
慌てて距離を取る事で、二人の思考にはずれが生じる。
(や、やはり距離を取られた! 周囲の目があるからああ言ったに過ぎないのでは!? やはり何か誠意を示さねば……!)
(つ、つい身体がスターツの方に……! 腕枕のあの安らぎを求めて……!? ふしだらだと思われたらどうしましょう……!?)
そんな二人の様子に、見守る生徒達は色めき立った。
「もはやこれは結婚式と言っても過言ではありませんわ! ここに教会を建てましょう!」
「実は僕の叔父が神に仕えていてね。三日以内に式の準備を全てを整えてみせよう」
「落ち着いてくださいませお姉様、バウンシー様。確かに素晴らしいお姿ですが、結婚となるとまだまだ時間がかかりそうですわ」
「そうだよな! 後二十年くらいはかかるよな! お前は良い奴だ! とびきりの豆茶をおごろう!」
ざわめきは風に流され、二人はただただ自分の心臓の鼓動に翻弄されるのであった。
読了ありがとうございます。
そら(二人とも我に返ったら)そうよ。
バウンシーの意外な背景が明らかに(活用予定なし)。
次回もよろしくお願いいたします。