婚約破棄を取り消すために、腕枕せざるを得なくなった王太子殿下(18)
ど……、照れ屋のスターツがアズィーに腕枕なんかしない、そう思っていた時代が私にもありました……。
どうぞお楽しみください。
「くぁ……」
「スターツ、寝不足ですの?」
「あ、いや、その……」
昼休みの中庭。
いつもの長椅子で漏れたあくびに微笑まれ、慌てて口を押さえるスターツ。
(しまった……! 『花手折る貴公子』を好きだと言った以上、早く読まねばと徹夜したのが仇に……! これまではこんな情けない姿を見せなかったのに……!)
(スターツがあくびしたのを見たのは、子どもの時以来ですわ。いつも王太子として気を張っているのですから、私といる時くらいは気を抜いてほしいです……)
スターツの焦りとは裏腹に、アズィーは好ましい感情を抱いていた。
それが更にスターツを追い込む。
「眠いのでしたら、少し仮眠を取ってはいかがですか?」
「む……。し、しかし……」
「午後の授業もその方が身に入る事でしょう?」
「それは、そうだが……」
男らしく見られたいと思っているアズィーに寝顔を見られるという気恥ずかしさ。
それがスターツを躊躇わせているのだが、アズィーはそんな事には気が付かない。
スターツは眠気で普段より鈍い脳で、必死に打開策を練る。
「そ、外ではそれほど良くは眠れないからな」
「でしたら前のように子守歌を歌って差し上げても……」
「な……!」
膝枕で頭を撫でられながら歌われた子守歌に、寝落ちてしまった記憶が蘇るスターツ。
アズィー自身は膝枕までは考えていなかったが、スターツの思考は眠気と膝枕に侵食されていた。
(今のこの眠気……! あの柔らかく安らぐ膝に頭を預けたら、確実に寝入ってしまう……! あの情けない姿だけは避けなければ……!)
アズィーの前で眠る事を恥と思い込んでいるスターツは、何とか膝枕を回避しようと頭を巡らせる。
「そうだな。芝生で少し横になるとしよう」
「わかりました。ご一緒いたしますわ」
長椅子では膝枕の餌食になると考え、スターツは芝生への移動を提案した。
周囲は怪訝そうにスターツを見つめる。
「あのまま眠ると言えば、自然と膝枕になったでしょうに……。勿体無い……」
「何を言うバウンシー! 膝枕を避けたという事は、即ち婚約破棄が真実という事! うん! 豆茶が苦い!」
「ですがこのまま終わるお二人ではないと思いますけど……」
「私もそう思いますわお姉様。まるで嵐の前の静けさのよう……」
そうこうしているうちに、スターツとアズィーは芝生へと辿り着いた。
眠気に誘われるまま芝生に寝転ぼうとしたスターツは、そこではたと気が付く。
(こ、これは以前アズィーと添い寝をしたあの時と同じではないか!?)
隣で横になったアズィーから気を逸らせようとしていたら抱きつかれた記憶。
眠気が高まっている上に、膝枕と添い寝の記憶にかき乱され、スターツの思考は斜め上に飛ぶ。
(どんな形であろうと、アズィーに男らしいと思わせなければ……!)
そうしてスターツは周囲を凍り付かせる一言を放った。
「アズは私の腕枕で眠ると良い」
「えっ……!」
横になり、腕を広げるスターツ。
固まり、真っ赤になるアズィー。
息を呑む周囲の生徒達。
硬直する時間に、しかしスターツは気付けない。
横になった事で気が緩み、既に半分眠ったような思考に陥っていたからだ。
「……どうした? 早く来ると良い……」
「……わ、分かりましたわ……」
ぎこちない動きでスターツの横に座ったアズィーは、少し躊躇った後にスターツの腕に頭を預ける。
「……ふぅ、気持ち良いな……」
「そ、そうですわね……」
「……これなら、少し、眠れそうだ……」
「よ、よろしゅうございました……」
じきに軽い寝息を立て始めるスターツ。
その寝顔をアズィーは、少し不満げな表情を浮かべた後、幸せそうに見つめる。
(……こんなに近くにいるのに、ときめかせる事はできませんのね……。でもスターツの寝顔がこんなに近くで見られるなんて……。あぁ、時が止まれば良いのに……)
その様子に周囲は声を殺して叫び声を上げた。
「きゃあああ……! 何て素敵なのでしょう……! 心を許し合っている雰囲気が、もう、もう……!」
「えぇ……! こんな素晴らしい光景、キャンターの豆茶がぴったりですわね……!」
「バウンシー、教えてくれ。俺は、後何杯淹れれば良い? 俺は後何回、炒った豆にお湯を注げば良いんだ? 豆茶は俺に何も言ってはくれない。教えてくれバウンシー……!」
「キャンター、君は疲れてるんだよ……」
幸せに眠るスターツを。
それを見つめて微笑むアズィーを。
その姿に悶えるジエルを。
優雅に豆茶を飲むフロウを。
絶望に染まるキャンターを。
優しくその背を叩くバウンシーを。
爽やかで暖かな風が、等しく優しく撫でていくのだった。
読了ありがとうございます。
野次馬四人衆最後の一人の名前が明らかになりました。
バウンシー・グッドジョー。
bouncy、good Joe、共に『気のいい』という言葉から見つけました。
最初『影が薄い』で作ろうと思った事、これは読者にも言えぬ秘密よ……。
さて寝ぼけている方が男らしいスターツ王太子殿下。
我に返ったらどうなるのか……。
次回もよろしくお願いいたします。