婚約破棄を取り消すために、手繋ぎを拒否せざるを得なくなった公爵家令嬢(18)
お待たせしました。
寝る準備は済ませたか?
神様にお祈りは?
拙作読んで甘々感じて豆茶を飲む心の準備はOK?
どうぞお楽しみください。
「このままではいけませんわ……!」
アズィーは自室で拳を握りしめる。
前の休みの日、スターツが色々と気配ってくれていた事を何度も振り返っていたからだ。
「予定があったと誤解していたとはいえ、あんなにも私の事を思ってくれていたなんて……!」
事前のやり取りの中で、スターツはアズィーの予定を曲げさせたと思い込んでいた。
そのために劇場の貸切など、明らかにやり過ぎなもてなしを展開していたのである。
やり方には問題があったものの、その想いはしっかりと感じたアズィー。
そこで何かをスターツに返したいと思っていた。
しかし。
「……女の身でできる事など限られていますし……」
貴族や王族において、女性から男性に恋愛的に関わる事ははしたないとされている。
命をかけて子どもを産むという大仕事を担う女性に対し、男性がそれに見合う対価を示して受け入れられるべきだという考えがあるからだ。
故に自ら男性に関わろうとする女性は、「男なら誰でもいいのか」「子作りの事しか考えていないふしだらな女」という目に晒される事になる。
婚約破棄の際の騒動はスターツが、
「このスターツに想いを寄せる者あれば、遠慮なく声をかけるが良い!」
と発言したせいで起きた特例であった。
しかしそれでもアズィーの決意は揺るがない。
「……そうですわ! 『花手折る貴公子』の主人公がしたように、手巾に刺繍をして贈れば……!」
そう思いついたアズィーは、早速侍女を呼び、刺繍の道具を用意させるのだった。
「おはようアズィー」
「ご、ご機嫌麗しゅう、殿下……」
「……?」
いつも通りの朝。
しかしスターツは明らかな違和感を覚えていた。
(アズィーの距離が遠い……。それにこれは……)
すん、と鳴ったスターツの鼻に、アズィーが更に半歩距離を取る。
きゅっと握った左手には、包帯が巻かれていた。
(あぁ、私とした事が、刺繍の最中に針で手を刺してしまうだなんて……!)
アズィーは元々手先が器用で、刺繍などお手のもの。
ただ出来上がり直前、贈った時のスターツの笑顔を思い浮かべたアズィーは、つい手元から目を離してしまったのだ。
「いたっ!」
にじむ血。
手巾に点を刻む赤。
慌てて侍女に洗わせて色は落ちたものの、乾き切らずに今日スターツに渡す事は叶わなかった。
そして手に塗られた軟膏が、アズィーに刻まれた嫌な記憶を思い起こさせる。
『うわ、なんかへんなにおい』
『えっ……』
乾燥する季節に手荒れを防ぐために塗られた軟膏。
それをスターツが顔をしかめて言った言葉が、アズィーはどうしても忘れられないでいた。
(不快に思われないよう離れなければ……)
そんなアズィーの気遣いは無に帰す。
「何故離れるアズ」
「す、スターツ……!?」
身を寄せて耳元でささやく言葉に、慌てるアズィー。
しかしスターツの顔は必死と言うのにふさわしいものだった。
「私が何かしたか……!? この軟膏の匂い、左手か……!? 先日出かけた際に怪我をさせてしまっていたなら、何をしてでも償いを……!」
「ち、違うのです……! スターツのせい……、悪いのではなく、怪我をしたので軟膏を塗ったのですが、その、スターツはこの匂いを苦手だと思って……」
アズィーの弁明に、スターツは首を傾げる。
「……別に不快ではないが……」
「で、ですが以前この匂いを嗅いで『へんなにおい』と言っていたではありませんか……!」
怒りと不安とでまくし立てるアズィーに、スターツは落ち着いて答えた。
「……確かに昔は苦手な匂いだった、と思う」
「……思う、とは?」
「……アズィーの怪我を癒すための匂いだと思うと、その、別に不快には感じないというか……」
「え……」
驚くアズィーに、我に返ったスターツが慌てて弁明する。
「ち、違うぞ!? アズィーの匂いが好きとかそうではなくて、軟膏がアズィーを癒すなら嫌ではないという意味で、その……!」
「……あ、ありがとう、ございます……」
顔を赤らめて言葉を失う二人。
そこでスターツは男気を見せた。
「ひゃっ!? す、スターツ……!?」
軟膏を塗った左手を挟み込むように、右手でアズィーの右肩を優しく抱くスターツ。
「こ、これで怪我をした左手は守れるだろう!? こ、これ以上婚約者であるアズィーを傷付けるわけにはいかないからな!」
耳まで真っ赤になるスターツに、嬉しさと恥ずかしさで混乱したアズィーは、そのまま身を任せた。
「ありがとうございます殿下……。では、その、校舎まではこのままで……」
「あ、あぁ! 勿論だ!」
そんな様子を見守る生徒達には、どよめきが広がる。
「まぁ! 肩を抱くなんて! お姉様! やはりお二人はお似合いですわね!」
「えぇ。キャンターの淹れた豆茶が実に美味しく感じられますわね」
「まずはこころをからにする。そこにまっくろいまめちゃをそそぐんだ。そうすればこころになにがはいっても、さざなみはいっしゅん。こころはおだやかさ」
「……キャンター、休もう。ゆっくり、どこか遠い地で……」
こうしてスターツは、自身も思わぬところで大正解を導きだしたのであった。
読了ありがとうございます。
後日ちゃんと手巾はスターツに渡せましたとさ。
めでたしめでたし。
……え、そこ要ります?
要る人は感想欄に「お楽しみはこれからだ! 早く! 早く早く! 早く早く早く!」とお書きくださいな(笑)。
次回もよろしくお願いいたします。