婚約破棄を取り消すために、特別なもてなしをせざるを得ない王太子殿下(18)
サブタイトル通り、スターツは頑張ります。
『努力は人を裏切る』
ンッンー 名言だな これは
どうぞお楽しみください。
「……アズ」
「……何でしょうスターツ」
学園からの帰り道。
いつものように手を繋いで帰る二人。
未だにどきどきとうきうきを握りしめる中、スターツは声を絞り出す。
「……その、明日の休みに、一緒に出かけないか……?」
「えっ……!」
突然の誘いに息を呑むアズィー。
その様子にスターツは慌てる。
「あの、いや、予定があれば勿論そちらを優先してもらって構わないのだが、その」
「参ります! 予定など関係ありません! 参ります!」
「あ、あぁ、ありがとう……」
「……!」
勢いよく答えた後、アズィーは顔を逸らす。
(私ったら何て事……! スターツに誘われたのが嬉しくて、ついはしたない答え方を……! もっと落ち着いて優雅に答えないといけませんのに……!)
そんな様子を見たスターツは、更に慌て出した。
(予定があったのに承諾してくれたのか……!? 下話をしてから話をすれば良かった……! この上はアズィーを後悔させないようにしなくては……!)
こうしてスターツは、当初考えていた予定を大幅に修正する事になる。
それが大きな後悔を呼ぶとも知らずに……。
「さぁアズィー。存分に楽しもう」
「……スターツ。これは……?」
「劇場を貸し切った。客は私達だけだ。さぁ好きな席に座ると良い」
「……ありがとう、ございます……」
思いもしなかった状況に戸惑うアズィー。
(観劇は周りの反応も楽しみの一つですのに……。私が静かなところが好きだから勘違いされたのかしら……?)
アズィーの推察は当たっていた。
(アズィーは静かなところが好きだからな! 劇場丸ごと貸切など、特別感があって良いだろう!)
予定を曲げて来てくれていると勘違いしたスターツは、アズィーを喜ばせるために無理を通したのだった。
「お、幕が上がるぞ」
「……楽しみ、ですわ……」
この後出演者は、たった二人の観客のために演技をするという苦行にさらされた。
主役の役者は後にこう語る。
「辛かったです。苦しかったです。売れなかった時を思い出すようでした……。でもお二人の様子を見ていたら、『あぁ、恋とはこう表現するのだ』と知りました」
数年後彼は、届かない想いに悶える役で、王国中に知れ渡る役者となるが、それはまた別のお話……。
「なかなか良い芝居だったな」
「……そうですわね」
「次は食事だ。良い店を貸し切った」
「え……」
「珍しい異国の料理を出すと聞いた。さぁ行こう」
「……はい……」
後に料理屋の主席料理人はこう語る。
「これまでにも恋人同士のお客様をお迎えしましたが、一目見て格の違いを理解しました……。後はもう無我夢中でしたよ。香辛料がなければ即死でした……」
この料理人は、王都で『甘辛い』という珍しい味を完成させ、名声を欲しいままにするのだが、それはまた別のお話……。
「少し辛いがなかなかの味だったな」
「……はい。美味しかったです……」
とにかく珍しいもので特別感を出そうとするスターツは、アズィーの悲しげな表情に気付けない。
「次は甘味の店だ。今王都で一番人気だそうだ」
「そうですか……」
「勿論事前に申し付けてあるからな。すぐに食べられるぞ」
「ありがとう、ございます……」
甘味の店の店主は後にこう語る。
「甘味は甘ければ甘いほど良い、そう思っていた時代が私にもありました……。しかしあえて甘さを控える事で引き立つものがある、私は目覚めました……」
この甘味の店は、控えめな甘さが逆に後を引くと大好評になり、多くの支店を出す事になるのだが、それはまた別のお話……。
「お、もう夕暮れか」
気が付けば日は傾き、景色が橙色を帯びる。
「どうだったアズィー」
「……楽しゅうございました」
「……?」
一通り予定をこなして少し落ち着いたスターツは、ようやくアズィーの表情に気が付いた。
「……アズ、疲れたのか?」
「え、いえ、その……」
スターツが自分を気遣って様々な手配をしてくれている事は理解しているがために、アズィーには想いを言葉にする勇気が出ない。
「アズ、私は今日お前に予定を変えさせてしまった」
「え?」
「だからせめて特別な時間を味わって欲しかったのだが、そんな気負いがアズを辛くさせてしまったのならすまない……」
「……」
誠意に満ちた言葉に、アズィーの心に力が宿った。
すっとスターツの手を握る。
「!? あ、アズ……!?」
「今日は誘っていただけて嬉しゅうございました。観劇も食事も甘味も、どれもこれまでにない経験を味わう事ができました」
「お、おぉ……! そうか……!」
「ですが全てのお店を貸切はやり過ぎだと思いました」
「えっ」
「確かに私は静かなところが好きです。でも観劇や食事の場面は、多少賑やかな方が楽しく思えます」
「……そ、そうか……! 気が付かなかった……!」
顔を青くするスターツを可愛らしく思いながら、アズィーは言葉を続けた。
「スターツが私を思ってしてくださった事、その全てが嬉しいのです。どうか落ち込まないでくださいませ」
「……しかし……」
「スターツがそんな顔をしては、折角楽しかった一日に翳りが添えられてしまいますわ」
「……何?」
「私は楽しかった。スターツも楽しかった。それで良いのでございます」
「……っ! あ、ありがとう……」
感極まって思わずアズィーを抱きしめるスターツ。
「……っ」
驚きながらもその想いを感じ、おずおずとスターツの背に手を添えるアズィー。
二人だけの時間。
恋人の空気。
その満ち足りた空間に、
「いいか? 豆は中まで焦がすようにして、荒く挽いた後に、湯をじっくりと垂らすんだ。豆の中の苦味を全て絞り出すようにゆっくりと……」
「そんな淹れ方して美味しいのかい?」
「何を言っているんだ! 美味しさなんか二の次だ! 生きてアズィー様の婚約破棄を見届けるには、これでも足りるかわからないくらいなのだからな!」
「まだ諦めてないのは凄いよ……」
聞き慣れた生徒の声が聞こえて来た。
「!」
「っ」
正気に戻り、離れる二人。
「……も、戻るとするか」
「……はい」
本来なら見せつけるべき場面である事も忘れて、二人は人目を避けるように足早に帰路につくのだった。
読了ありがとうございます。
前書きの言葉を誰に向けたのか、それはご想像にお任せします。
明日は短編、明後日はパロディ昔話を投稿する予定ですので、次回は月曜日を予定しております。
よろしくお願いいたします。