婚約破棄を取り消すために、手を握らざるを得なくなった王太子殿下(18)
続けて第二話です。
短編ではちょっと長かったので、分割しております。
どうぞお楽しみください。
「おはようアズィー」
「ご機嫌麗しゅう、殿下」
「……」
「……」
王太子スターツ・クオと公爵家令嬢アズィー・ティーズに、周囲の視線が突き刺さる。
それをひしひしと感じつつも、高い家柄必須の完璧な笑みを浮かべながら、並んで歩く二人。
「仲良くご登校されていますが、先の婚約破棄は本当に嘘だったのかしら……」
「しかし婚約破棄の理由はもっともらしかったぞ……?」
「婚約破棄をされていないのであれば、我々の出る幕などないが……」
「もし正式に婚約破棄をされたのなら、私にも王太子妃の好機が……!」
周囲の遠慮がちな噂話を聞きながら、スターツはアズィーに小声で話しかける。
「……どうする。疑われているぞ」
「仕方ありませんわ。あの時は本当に婚約破棄する予定でしたもの」
二人は先日自分達が行った婚約破棄の影響に、ほとほと参っていた。
幼少の頃に家同士で決めた婚約。
同い年でかつ身分差も小さく、おまけに気の合った二人。
恋愛感情より家族愛に近いものが育ったのも、無理からぬ事であった。
そしてスターツの妹とアズィーの兄が婚約した事で、二人の婚約は家同士にとってもあまり意味のないものになっていた。
それならばお互い自由に恋をしよう、と両家の了承の上での婚約破棄を、学園の舞踏会の最後に発表したのが一昨日の事。
「……それにしてもアズは随分と男から人気があるのだな」
「スターツこそ、選り取り見取りであったではないですか」
「あんな戦場のような求愛の嵐にときめくものか……」
「わかります。私も恐怖しか感じられませんでしたもの……」
その直後から学園内ではそれぞれに文通、茶会、舞踏会、果ては婚約や結婚の誘いまで、まさに怒涛の勢いで寄せられた。
その勢いに恐怖した二人は、翌日婚約破棄はとある遠国の奇祭を模した冗談だという事にして、元鞘へと戻ったのだった。
しかし希望的観測を交えた疑惑は晴れない。
対策に悩むスターツに、一つの考えが閃く。
「アズ、手を繋ぐのはどうだろうか」
「手を……? お言葉ですが人前で殿方の手を握るなど、淑女としてはしたない行いですわ」
「わかっている。だからこそその行為は、婚約破棄が嘘であったという証になるだろう」
「……確かに。やってみる価値はありそうですわね」
アズィーが小さく頷いたのを見て、スターツが手を伸ばした。
「子どもの時以来だな」
「懐かしい話です事」
毎日のように手を繋ぎ、遊んでいた子ども時代を思い出し、懐かしい気持ちで二人は手を握る。
「なっ……! 殿下がアズィー様と手を……!?」
「や、やはり婚約破棄は嘘だったのかしら……!?」
「……いや、しかしこれまでしてこなかった事を、急にするのは不自然だ……! うぅ、きっとそうだ……!」
「でもあのような事、本当に想い合う関係でなければしないのでは……!? あぁ、殿下……!」
二人の行動は、婚約破棄を期待する周囲の学生達に大きな衝撃を与えた。
しかし当の二人にそれを喜ぶ様子はない。
(うおおー!? な、何だこの柔らかさは! それに滑らかでしっとりとした肌……! いつまでも触れていたい……!)
(えええー!? な、何て固くて逞しい手のひら……! 私の手がすっぽり包み込まれて、安らぐような、落ち着かないような……!)
これまでに体験したどんな儀式や式典よりも緊張を感じながら、二人は平静を装って校舎へと入っていくのであった。
「……アズ」
「……何でしょう、スターツ」
昼休みの中庭。
長椅子に腰掛けたスターツが溜息混じりにアズィーへと話しかける。
「……朝のあれは、一応効果はあったようだな……」
「……えぇ。何人かから、『やはり婚約破棄は冗談でしたのね』などと声をかけられましたから」
「だが、まだ疑いの目は向けられているな」
「えぇ、そこここから」
二人が顔をわずかにだけ動かして周りを見ると、校舎の陰や庭の植え込みから、強い視線を感じた。
「……つまり、その、もう少し仲の良さを喧伝する必要があるな……」
「……そう、ですわね……。あの悪夢のような迫られ方をされないためには、必要な事ですから……」
朝の手繋ぎの感触を思い出し、恥ずかしさと期待とで胸を高鳴らせる二人。
「……では」
「……はい」
スターツが長椅子の上に置いた手に、アズィーが上から被せるように手を重ねた。
(わ、わわわ……! ただ手が触れているだけで、胸が激しく高鳴る……! それと同時に何か満たされていくような気にもなる……! 何だこの感情は……!?)
(む、胸が高鳴って、鼓動が全身を震わせるようですわ……! 手を伝ってスターツに気付かれていないかしら……!?)
耐えるような、噛み締めるような時間を過ごす二人。
お互いの手の感触に気を取られる二人が、長椅子と二人の身体で阻まれ、手を繋いでいる所が周りに見えない事に気付いたのは、昼休みも終わる頃合いだった。
読了ありがとうございます。
ここで落ちた方が、二人の初心な感じがして良いですね(自画自賛)!
続けて第三話。
よろしくお願いいたします。